体験記│生ききづらさを乗り越えて 【第21章】夏と音楽と恋と

体験記│第21章 心を食べて、心で生きる

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第21章~夏の思い出~

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第1話~記念写真~

第2話~それは突然に~

第3話~ホラー映画~

第4話~リベンジ~

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第1話~記念写真~

誕生日に家族から貰ったカメラを使って
ひまわり畑を背景に六人で写真を残した。

写真の中の私達は、眩しく耀く太陽の子にも
負けないくらいキラキラとした笑顔を向けていて……

この写真を見る度に目の奥にあの日の光景、匂い、輝きがじんわりと蘇ってきて……
今も私を支えている。

──
ジージージージージー

「暑いねー」
私がパタパタと手を仰ぎながら爽くんの方を見ると、あまり汗をかくイメージのない彼も額から汗を流していた

「アイスでも食べて、休憩しようよ~」
愛美ちゃんがひまわり畑のすぐ横にある
カフェを指差した。

「賛成っす」

「行こう行こう」
と赤西くんと海くんがスタスタとカフェに
向かっていく

「二人とも先に行くんだったら
席、取っといてね~」

二人は、そんな私の声に反応することなく
一目散にカフェに向かって走っていった

そんな二人を追いかけるように私、愛美ちゃんがひまわり畑を通り抜け、少し離れて辺りを見回すようにゆっくり歩いている爽くん、黒い日傘で真っ白い肌を守るようにしながら私達の一番後ろを歩く高ちゃんがカフェに向かった……

小さなログハウスのカフェに入ると、海くんと赤西くんはひまわりの匂いを感じられる
テラス席に座り手招きしていた

店内は家具や小物まで全て木で作られていてほっこりとした自然の温もりを感じる

六人は席に座ると、私がレモンシャーベット、愛美ちゃんがストロベリー、海くんがキャラメルナッツ、赤西くんがチョコレートブルウニー、爽くんがオレンジシャーベット、高ちゃんが抹茶アイスを注文した。

「白ちゃん、ストロベリーもちょっと食べる?」

「うん!ありがとう」
パクッ……

「やっぱり、暑い時のアイスは最高~!」

「ハイ、レモンシャーベットも美味しいよ」
パクッ……

「う~ん!最高っ」

そんな、二人のやり取りを羨ましそうに見ながら海くんが口をあけて待っていた

「海くんはダメっ!!」
私と愛美ちゃんが一斉に声を揃えた

「なんでだよ~!」とふて腐れるような様子で赤西くんに擦り寄った

「兄さん、ドンマイっす」

「弟よ、俺にはやっぱりお前だけだよ」

毎度お馴染みとなった二人のふざけたやり取りをを見ながら、爽くんと高ちゃんは笑っている……

そんな、私達に誘われるように
夏風がフワッと優しく吹きつけて
太陽の子供達の黄色い笑い声が聞こえたような気がした。
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第2話~それは突然に~

楽しい夏の思い出の1ページ
悲しい色で染めるように……

それは突然の出来事だった。

「あのさ……」
「実は、皆にちょっと話したい
ことがあって」と真剣な面持ちで口を開いたのは爽くんだった。

「ん?どうしたの」
私は、真っ直ぐに彼を見つめた

「いや、こんな楽しい雰囲気を壊したくなくて言いづらかったんだけど……」

「このままだと、タイミング逃して言えなくなりそうだなって思って……」

五人は、そんな爽くんの話をじっと黙って聞いている

「前からこの話は僕の会社で持ち上がってたんだけど……」

「今年の秋に転勤が決まって……」

「えっ!」
さっきまで私は汗を流していたにも関わらずその言葉を聞いて一瞬で凍りついてしまった

「どこに転勤になったの?」

「東京に……」

私達の住む田舎町から東京まではかなり遠く離れている……

私はその時、いつの日か転校して疎遠になってしまった幼稚園からの友達の天音ちゃんのことを思い出した。

「そうなんだー、寂しくなるね」
愛美ちゃんがそう、ぽつんとひと言伝えると
海くんも赤西くんも高ちゃんも爽くんを囲うようにして悲しんでいた

あの時の光景がフラッシュバックして私は
何も喋れなくなった

……嫌だ、行かないで……

……私を……

……忘れてしまわないで……

さっきまで、眩しいくらいに感じていた
ひまわりの笑顔が今の私には映らなくなった

空になったアイスカップをじっと見つめながら、ただ皆の話し声と蝉の鳴き声をぼんやりと聞いている

一瞬そんな状態に陥った私だったが、すぐに我を取り戻した……

あの頃とは違う……私はもう27歳だ。
精一杯とり繕った顔で笑いながら
「東京に行っても頑張ってね!爽くん」
私も皆と同じように彼を励ました。

彼女ができてから偶然のようなタイミングでの転勤……

だけど、これは偶然なんかじゃない……

前から会社の転勤の話は出ていたが
爽くんはずっ
と今まで断り続けてきた……

……ああ、これは
必然だったんだと思った……

そして、
爽くんの気持ちが動き出したことにより
運命も動き出したのだと……
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第3話~ホラー映画~

私達はひまわり畑の帰り道にホラー映画の
DVDを借りてきて愛美ちゃんの家にお邪魔した。

私は正直、ホラー映画を観るどころの心境じゃなかったけれど
まぁ、一人家で過ごすよりは幾分ましだと

自分を納得させた。

コンビニで買ってきたポップコーンとジュースを片手にカーテンを閉めきった暗い部屋で映画は上映しはじめた……

いつもなら、怖がって見ることも出来ない
怖いシーンをあえてハイテンションで奇声を上げながら視聴している自分の方がホラー映画より恐しい

恐怖感を味わうことで私は、モヤモヤとした心の鬱陶しさを晴らそうとしていたのかもしれない……

「真白さん!うるさいっすよ」

「キャーッとかなら可愛いけど、うわぁーとかギャーとか色気無いわ」と海くんがガッカリしていた

「アハハっ、良いじゃん!楽しいし」
と愛美ちゃんも一緒になって叫んだ

爽くんは意外にも恐がる素振りを全く見せず時々私達がビクッとしたりギャーと叫んだりしているのを見てはクスッと笑っていた……

高ちゃんに至っては大のホラー好きということもあり、画面を食い入るように見つめている

そんな風に、皆と過ごす日曜日はあっという間に通り過ぎて……
私の中の思い出のアルバムに刻まれた。
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第4話~リベンジ~

もうすぐ、八月に差し掛かる……

今年も「始まりの音」の一年の練習の集大成
である演奏会の日が近づいてきていた。

今日は、その為の最後の練習日──

私はいつものように音楽サークルの練習が行われている古民間を訪れ
ガラガラッと開き戸をあけると
「こんにちはー」とひと言挨拶をしてから
中に入っていった。

「おぅ!白ちゃん、こんにちは♪」
長峰さんが、いつもと変わらないテンションで練習部屋からひょこっと顔を出す

「いよいよ、今年も演奏会だね」

「そうですね……昨年は大変ご迷惑をおかけしました」

「アハハっ、懐かしいね!白ちゃんがここに来てからもう一年も経つんだね」

……あれから、一年かぁ……
……時が経つのは早いなぁ……

「長峰さん、私……」

「ん?」

「このサークルに参加できて
本当に本当に良かったなって思ってます!」

「ふふっ、サークル主催者としては
何より嬉しいひと言だね」

「さぁ、そろそろ皆揃う頃だし
練習を始めようか」と手招きした
私はそんな長峰さんの方に歩み寄りながら
楽器の音が聞こえてくる練習部屋に入った。

初めて「始まりの音」に参加した時は、死にかけの虫のような歌声だった私も
今となればボーカルの赤西くんに負けないくらい堂々と歌えるようになっている。

爽くんと初めて出会った時に彼のギターの弾き語りを聞いたことが一つのきっかけとなり
まだまだ、下手くそではあるが……
皆に教えてもらいながら少しずつ上達できるようにギター練習にも取り組んでいる

まぁ、演奏会に大勢の人前でギターの弾き語りができるほどの自信はまだないので
ひとまず、今年も赤西くんと私は二人で
ボーカルを務めることに……

去年は、私があがりすぎて失敗したせいで
せっかくの皆の演奏を台無しにしてしまい
もうサークルを辞めようと思うほどに落ち込んだ……

あの日から私は出来る限り人前で歌う練習を
積み重ねてきた

……今年こそは絶対に成功させたい……

そんな気持ちで私はいつものようにマイクを
握る

古民間の一室で、私達の歌声を支えるように
ギターにベース、ピアノに打楽器など様々な音が重り合い……
そんな楽しいメロディに乗ってオタマジャクシのような音符達がキラキラと散らばるように勢いよく泳ぎまわった。

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第5話~あの日の記憶~

去年の演奏会での私の失敗は本当にひどいものだった
バンド演奏の顔でもあるボーカルが
緊張で歌えなくなってしまったのだから……

何か行動を起こすということは、少なからず自分にも責任がのしかかるということ
それを、あまり深く考えていなかった私は
演奏会が終わってから本当に後悔した。

本来の私の性格は些細なことでも責任を強く感じ、全く自分からは行動を起こさないタイプだ

人に合わせて、人の後ろを着いていくことが
そんな私にとってはラクだった……
そうやって、ずっと生きてきたはず

だけど、ここ最近になって
「自分を変えたいなら行動しなければ」 「明日が今日と同じように100パーセント 在るとは限らない」と とにかくものすごい勢いで飛び出したのだ

それが、必ずしも良い結果に繫がるわけじゃない……
だからこそ、ある程度の下積みをしてから 行動をしなければと物凄く反省した。   それでも、自分が実際に体験しなければ
手にできなかった何かを得られたのも事実。

そんな感謝の気持ちを私は周りにしっかりと返さなくてはならない

あれから1年の間……定期的に人前で弾き語りをすることにも挑戦し、歌の練習も積み重ねてきた

そんな小さな自信は今度の演奏会で私の支えとなるはず……

きっと、ステージ上ではまた鼓動が高まり
声だっていつも通りには出なくなるだろうし
足だって震える……

それでも、私はきっと去年よりは少し成長しているはずだ。

今週の日曜日の演奏会本番に向けてそんな風に一人意気込んでいると、スマホにメッセージが届いた

そこには、私の心を見透かしたかのように
「考えすぎはNGっすよ!
日曜日は思いっ切り楽しみましょ」

「主役は俺なんで!
真白さんはオマケっすから」と赤西くんなりのフォローの言葉が綴られていた。


第6話~最後の練習~

──日曜日

サークル練習が行われている古民間がある町の小さな文化会館に昨年と同じように私達「始まりの音」のメンバーは集結した。

私にとって人生で2度目のステージだ

本番まで残り1時間となり、私達は最後の練習に取りかかっていた……

「リハーサルは完璧だね♪」と長峰さんが
柔やかな表情で言った

……今日の演奏は今までで一番良かった……
私もそう思った。

歌や楽器演奏には人それぞれ役割や個性がある……
私の高く響くような声と赤西くんの落ち着いた低い声が調和するように

湯川夫婦のギターの愉快な音色を優しく包み込む瀬田さんのピアノ伴奏

それを更にパワフルなバンド演奏に押し上げる山下さんのドラム

その音を捉えるように柔らかいメロディを奏でる爽くんのギター

そして、ひっそりとそれぞれの楽器演奏を
支え、的確なリズムを刻む高ちゃんのベース

そんなメンバーの奏でる音を聞きながら
繊細に音の響きを調整してくれている長峰さんは皆の精神的支柱。

メンバー全員が1つになって、はじめて私達の演奏は完成する

始まりこそは、バラバラだった音が
まるで一人一人の心を繋ぎ合わすかのように
ぴったりと綺麗にまとまった……

それは、言葉にしなくても
演奏を通してひしひしと伝わってくる

「よし、もう開演20分前だから
ここまでにしよう!」長峰さんの呼びかけで私達は一度舞台裏に戻った。

「緊張する……」と
私がボソッと呟くと

「大丈夫だよ、楽しもう!」と
爽くんが優しく笑った

私は掌に『心』という一文字を指で描いて
スーッと飲み込んだ

「真白さん何してるんすか?」

「心を飲み込んでみた」

「普通、人って書いて飲み込むんじゃ?」と高ちゃんも不思議そうな顔で私を見た

「自分の感情を食べたら、緊張しなくなるんじゃないかなって思って!」

「アハハっ、確かにそうかもね」
そう言うと、爽くんも私の真似をして掌に描いた心を飲み込んだ

「ふっ、俺はメンタル強いんで
そんなもんに頼らなくても平気っす」

「赤西くんは爽くんに心って書いてもらって飲み込んだ方が良いかもね!」

「真白さん、それどういう意味っすか?」

「心が浄化されるかもだし!」

サークルメンバー全員が私達のそんなやりとりを見ながら声を出して笑った

そんな中、後方に一人歩いていた高ちゃんは誰にも見られないようにひっそりと掌に『心』と記して飲み込んでいた……


第7話~円陣~

「じゃあ皆さん、まだ少し時間もあることだし円陣でも組みましょっか!」
長峰さんが、ふと思い立ったように提案した。

「フォッフォッ青春じゃなー」と
湯川のお爺ちゃんが嬉しそうに笑うと
一同、円を描くようにして集り片手を中心に差し出し重ねた

「それでは、皆さん!」
「思いっきり楽しみましょー♪」と始まりの音メンバーの顔を長峰さんが一人一人見まわしながら言うと
全員揃って「おーーーっ!」とまるで子供ような無邪気な笑顔を向けながら声を荒げた

そんな、自分達の光景に小恥ずかしくなり
照れ笑いしつつも和やかな気持ちでステージに上がった。

幼い頃からずっと私は人の輪に入ることが
できずに孤立していた……

ずっとずっと、こんな風に人の輪に入ることをどれだけ夢見てきたか……

そんな夢が一つ叶った瞬間を
私はぐっと噛みしめていた……

心が高鳴るような、心温まるような、心がくすぐったいような何とも言えない不思議な
感覚

苦しみ傷つくような心なら捨ててしまいたい

どうして、こんなに苦しむ為に人間なんかに生まれてきてしまったんだろうと
今まで長い間ずっと思ってきた私が
こんなことを言ったら笑われてしまうかもしれないが……

今この瞬間
心を持つ人間で生まれてきたことに
本当に本当に感謝している。


第8話~自分との戦い~

眩いステージライトが私を照らす……

それと同時にサークルメンバーの家族や友人など数十人で溢れかえった観客席から多くの視線が一斉にこちらに集中する。

……ドクンドクン……

心拍数が上がり

足が震えはじめる

……落ち着け、落ち着け……

……きっと、きっと大丈夫……

私が一度ゆっくりと深呼吸をして客席を見下ろすと、そこには心配そうな面持ちでこちらを見つめる家族と友達の姿があった

……皆、私を心配してくれている……

……頑張らなきゃ……

そう思えば思うほど、酸素が少しずつ薄くなっていくような気がする

「真白さん……」

「な……何、赤西くん!」

「俺、真白さんが初めてサークルに参加してきた時……
正直、ボーカルなんて俺一人居れば十分だしこんな声の小さいボーカルなんていらないって思ってました」

「うっ……ひどっ」

「だけど、あの日……真白さんから歌が上手くなるにはどうしたら良いか?ってメッセージ送ってきてくれて……それで、二人でいろいろ語り合うきっかけくれて」

「あーうん。あの時は私も早くサークルの皆と馴染む為に何か行動しなきゃって焦ってたからね」

「だけど、そのおかげで真白さんや他のメンバーとも前よりずっと距離を縮められたような気がするし……だからその……何が言いたいのかていうとっすね……つまり」

「真白さんがここに来てくれて良かった」
そう、いい残すと赤西くんは照れたように
フィッと明後日の方向に視線を逸らした

私の心の奥からは今まで聞いたことのないような熱い音がぐっと溢れ出してきて……

パッともう一度メンバーの顔を見まわすと
「失敗しても大丈夫、思いっきり楽しもう」と言ってくれているように微笑んで見えた。

長峰さんがカウントをとり合図を送ると
ドッと力強くホールの中をギターにベース、ピアノそしてドラムの音が響き渡った

私と赤西くんは同時に大きく息を吸って……

そして、観客の胸を貫く勢いで
力強く吐き出した。

見えない何かに必死で届けるように……

届いた想いは反響して
いつの日か光の粒となり
再び私の心に戻ってくる

その光の粒を抱いて……
未来へ……