体験記│あがり症克服と音楽-生きづらさとともに【第16章】

体験記│第16章 心を食べて、心で生きる

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第16章~歌うこと~

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第1話~記憶~


第2話~川辺で弾き語り~


第3話~爽やかな風~


第4話~再会~

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第1話~記憶~

それは、私がまだ小学生の時の記憶……

音楽の授業の時間にリコーダー演奏のテストをすることになり、私達は3人一組のグループで日々練習してきた成果をクラス全員の前で発表することになった……
私は、当時仲の良かった天音ちゃんとその友達の女の子3人でグループを組んで発表会に挑んだ……

発表会までの1か月間は、2人の足を引っ張らないようにと毎日毎日家に帰ってはすぐに1人
リコーダーと睨み合うように練習を積み重ねてきた……

前日には、家にある椅子の上をステージに見立てて発表会のシミュレーションをした……
祖父や祖母を観客と称してそれはもう
拍手喝采!そんな風に、出来る限りのことはして準備万端のはずだった。

──なのに、演奏会当日……

クラス全員が見守る中……
いざ、教壇の前に立つと
私はまるで魔法で石にされたかのように動かなくなってしまった……

……皆が私を見てる……
……失敗したらどうしよう……

そんなことを1人考えていると、あれだけ
しっかり覚えたはずのリコーダーの演奏曲が
一気に吹っ飛んでしまった。

綺麗に重なるような完璧なリコーダー演奏を他の2人が披露する中……
私のリコーダー演奏だけが楽譜を無視したようにあやふやな音を鳴らして不協和音をつくった……
そんな私を見てクラスの男の子達が指を差して笑った。

指先から体温が抜けていく……

胸から飛び出した心臓が耳元のすぐ近くで
ドクドクと鳴っているかのように大きく激しく響いている……

演奏後……
俯きながら席に座った私のすぐ近くで天音ちゃんの友達が小さな声で
「白ちゃんなんかと一緒に組むんじゃなかった……」と呟いた

先生は、私に
「もう少し頑張って練習しようね!
真白ちゃん」と言って困ったような顔で笑っていた……

私は、自分がどれほど練習を重ねて
どんな気持ちで今日に臨んだか……
そう思い返す度に心が疼き涙が溢れた。

そんな、苦い記憶……

あれから、十数年経った今……
いろいろと辛い人生経験を重ねて変われたつもりでいたのに……
あの日の私と26歳になった私は、根本的なところでは何も変われていなかった……

歳だけ重ねてしまった私が……

今からそれを変えることなんてできるのだろうか……?

いや、もし不可能に近いとしても
ほんの数㎜でも何かが向上するのなら……

今の私なら、行動に移せるでしょ?

無題1479

第2話~川辺で弾き語り~

今週末は爽くんと、 ポツポツと人通りのある河川敷の芝生の上に座りギターの弾き語りに挑戦していた……
その河川敷は私の住む所から2駅くらいの場所にあり、週末になると犬の散歩や、家族連れでピクニック、カップル達の憩いの場などの穴場スポットとして地域の人に親しまれている……私達の他にもギター演奏をしている人達もよく見かける。

そんな、少し人の視線を感じる場所で
私は今から声を出して歌おうとしている……

ギターケースを背負った私達を珍しそうに
チラチラと見る人がいる……

……やっぱり、緊張するな……

そんな、私を尻目に爽くんは何くわぬ顔で
鼻歌を歌いながらチューニングをはじめていた

……やっぱり爽くんって何気に大物……

「白ちゃんもチューニングしないの?」

「えっ、うん!そうだね」

「こんな秋晴れの日に綺麗な空気を吸いながら弾き語りできるなんて最高だね!」
爽くんはそう言って優しく笑った。

「確かに……」

私は、一度周りの人の存在を忘れて辺りを見渡してみた……

太陽の光を浴びてキラキラと輝く目の前の川から、水の流れる音が聞こえる……
その透き通った川の中では、可愛く小さな魚がチラホラと泳いでいる……

草原の黄緑、黄色、橙色のグラデーションの中にひょつこりと秋桜の花が顔を覗かせている……

私は一度、スーーっと大きく息を吸い込んで
ゆっくりと吐いた……

「とりあえず、何か歌ってみようかな!」

「良いね!じゃあ僕が伴奏を入れるよ!」

「じゃあ、いつもの曲から歌うね」と
2人はアイコンタクトをとって演奏会で発表した1曲目の曲から演奏をはじめた……

~~♪~~♪~~♪~~

初めのうちは、時々通りすぎる人がチラホラと見てくると下を向いて視線を逸らしたりしていたが……
何度も何度も爽くんと一緒に歌っていると段々と気にならなくなっていった。

マイクのない声はギターの音にすぐに掻き消される……

声を響かせようと息を吸って思いっきり吐き出すと、心の中に閉じ込めていた全ての感情がメロディとなって空へ抜ける……

私はその想いを誰かに届けるように
ただ、ただ、歌い続けた……

しばらくすると……
20代前半くらいのカップルがそっと私達の演奏に耳を傾けながら川を眺めるようにして近くに座った。

そこには、同じ空間だけれども

それぞれに異なった
自由で穏やかな時間が流れていた……
無題1479

第3話~爽やかな風~

私達は時間を忘れるかのようにしばらくの間全力で歌うと、少し一息を入れた。
さっきまで近くで走りまわっていた子供達が両親と一緒に川に背を向けて歩き出している

「はい、白ちゃん」
そう言って近くのコンビニで買ってきてくれたアイスティーを差し出した

「ありがとう!」

「冷たいので良かったかな?」

「うん!歌い続けてたら暑くなっちゃったしね」

爽くんは、めずらしく私と同じアイスティーを飲みながら

「はぁー」
「やっぱ、演奏後の一杯は格別だね!」と
微笑んで私の隣に座った

「うんうん!最高っ」

2人は全力で歌いきって少し疲れたせいか、
しばらく無言のまま目の前の川のせせらぎにただ、耳を澄ませていた。
リーンリーンリーンリーンという秋の虫の歌声が私達の演奏代わりに聞こえてきくる……

虫達もきっと、今この瞬間にしか残せない
記憶を刻みたくて必死に奏でているのだろう……

私はふと爽くんの横顔をちらっと覗いてみた……
爽くんはじーっと一直線に川を眺めている……

……彼は今、何を考えているんだろう?……
そんなことが無性に知りたくなってしまう

私の視線に気づいた爽くんはいつものように
ニコッと優しく笑うと
「どうしたの?」と尋ねてきた

そんな、いつもと変わらない優しい表情に私の胸は締め付けられるように熱くなった

「なっ……何でもない」
不思議そうに爽くんは私を見つめる

「あっ、魚!魚居るかなーと思って」
私はとにかく話を紛らわせようと何でも良いから話題をつくった

「小さいのがさっきから泳いでるね」

「そうだよね!こ……この小魚食べれたりするのかな?」

「うーん、どうだろうねー?」

「なんだか、魚を見てたら無性に掴みたくなってきたりして」

私は意味の分からないことを言いながら
心のざわめきをゆっくりと落ち着かせた

「アハハっ、白ちゃんの前世はもしかしたら
猫だったのかもね!」

「あっ、そうなのかも!猫が他人に思えないほど好きだし」

「………」

「………」

2人は顔を見合わせて笑った。

……きっと、きっと……

……今のこの気持ちも
一瞬のトキメキに過ぎない……

……偶然、同じ趣味があって、たまたま一緒に過ごす時間が多くなって……

……そして、彼は優しい……

……人間の脳は複雑なようで意外と単純だから
恋しているように錯覚しているだけなんだ……

……だから、爽くん……

……大切な仲間として
ずっと、ずっと繫がっていてね……

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第4話~再会~

それは、ある日……
いつもの音楽サークルメンバー4人と久しぶりにスタジオ練習に行った帰り道のこと……

練習を終えて、ぺこぺこにお腹を空かせた4人だったが「今日の夕食はどうする?」と悩み兼ねていたので、最終的に私の家の最寄り駅付近にある美味しいと有名なラーメン屋さんに皆で足を運ぶことになって……今に至る。

いつもの見慣れた風景を黒いギターケースを背負った4人で初めて歩いていたそんな時……ふと、駅前の繁華街を前から歩いてきた女性二人組の顔を見て私は凍りついたように動けなくなった

「白ちゃん、どうしたの?」
爽くんが私の顔色を覗うように話しかけた

「あっ……何でもないよ……」
私はそう言うと、自分の靴先に視線を落とし
前を二人で歩く爽くんと赤西くんの後ろに
隠れるようにそっと息を潜めて歩いた。

私のペースに合わせながら隣を歩く高ちゃんも心配そうに私の顔色を覗っている……

そんな時、前の二人組はそんな私の挙動不審な行動に気がついたのかこちらをまじまじと
見てきた……

「あれって、アイツじゃないの?」

「えっ、何あれギターとか背負ってるしー
ウケる~」

私の冷えきった体を更に突き刺すような
眼差しを感じて、息を吸うことさえ一瞬忘れそうになっている

……お願い!早く早く通り過ぎてっ!……
私の頭の中には再び呪いの二文字が浮かんできて体中をその言葉が這いずりまわっているような感覚で気持ち悪かった

そんな風に、クスクスと笑いながら通りすぎる二人の姿が一瞬脳裏に浮かんだ……

だけど、現実は違った……

前から歩いてきた二人組は間違いなく
中学の時に初めてできた私の友達だった……
なのに、二人は私の顔を見ても全く無反応のまま立ち去っていった……

……そうか、そうだよね……

……あれから、もう10年以上経つんだし
分からなくても……

……仕方ないよね?……

……でも、私は今でも昨日のことのように覚えている……

……あなた達の顔も言葉も全て……

……時に辛いことがあった日は
夢に出てくるくらいに……

……それなのに、忘れてしまうんだね……

私は少し複雑な気持ちになり、しばらく
ボーッと魂が抜けたような顔をしていたが……周りの3人の心配そうな顔を見るとハッと現実に戻った。

……それで良いじゃないか……

……昔の光野真白は死んだんだから……

……私ももう、あの頃の記憶は少しずつ
少しずつ薄らいでいるのだから……

……それに、あの二人に出会ったこと、今までの辛かった出来事も、何か一つでも欠けていれば、今の私にはなれなかったかもしれない……

……音楽をしている瞬間が好き……

……私の周りの仲間が好き………

……今の自分が好き……
それで、十分だ

私はそう自分に言い聞かせると、3人に今の
二人との苦い過去の話を包み隠さず打ち明けた。

3人ともそんな私の話しをしっかりと耳を傾けて聞いてくれていた……

「よっしゃっ!!
じゃあ、今からラーメンのやけ食いっすね」
赤西くんを先頭に私を慰めるようにして
高ちゃん、爽くんが取り囲む

「うんっ!!
苦い思い出まで食い尽くしてやるっ!」

私はそう空に叫ぶような気持ちで皆と一緒に一歩ずつ、一歩ずつ前に進んだ。

無題1479

第5話~家族と過ごす誕生日~

山の紅葉が心温まる色にじんわりと染まりゆくのとは裏腹に、冷え性の私には少し苦手な季節到来

今日は私が生まれてから27回目の誕生日ということもあり、毎年と同じようにコタツの中で家族皆に囲まれながらケーキに灯るロウソクの火をフーッと吹き消していた。

私の前には、ちゃんちゃんこを羽織ったお爺いちゃんとお婆ちゃんが横並びに座り嬉しそうにニコニコしている……
お母さんがケーキの取り皿を台所に取りに行ってくれいる間に、お父さんがホールケーキを慣れない手つきで切り分けはじめた……

「お父さんより私が切ったほうが綺麗だよ」
じっとみていた妹の耀がそのナイフを
「かしてっ!」と奪うように手にすると

綺麗に切り分けてくれた。

24歳になった弟の守はすっかり背が伸びて
ガタイも大きくなっているので、私達が昔と同じようにコタツに潜るとさらにぎゅうぎゅう詰めで狭苦しく感じる……

そんな昔と何一つ変わらない空間で
「誕生日おめでとう!」そんな言葉と笑顔が飛び交った……

母は小さな黒猫が描かれた居間に飾られている時計に目をやると

「もうすぐ4時ねー」
「そういえば!真白は今日の夜ご飯
何が良い?」と尋ねてきた

「あ……夜は友達が誕生日を祝ってくれるって言ってて」

そんな私の予想外の言葉に一瞬驚いたような表情をしてから

「そうなの、少し寂しくなるわね」と言いつつ、一緒に喜んでくれた。
お恥ずかしながら、今まで友達と一緒に誕生日を祝うなんて習慣はなく
家族とずっと一緒だった私のそんな些細な
一言が母や父にとっては周りから数十年くらい遅れた親離れの言葉に聞こえたのかもしれない……

「姉ちゃん、友達できたんだ!」
守が莓のショートケーキを食べながらじーっとこっちを見ている

「まぁね……」

「安心したよ!」

守は小さい頃こそはよく私に懐いていたが、思春期とともに口数が少なくなっていた……

だけど、お互いに歳を重ねるごとに妹も含め私達は少しずつ昔のような関係に戻りつつあった。

「だって、姉ちゃん中学の時

年賀状送ってくれる友達いないからってさ!郵便受けの前に待機して、私の年賀状はもう引き出しにしまったから~って嘘ついてたよねー」
「うるさいっ!守っ」
昔の恥ずかしい記憶を思い出して顔を赤くしながらも私がそう怒ると、家族は揃って
ケタケタと笑った
「良いじゃん!お姉ちゃん
むしろ、今だから言えるんだって!」

「そうだよ、今も誰一人として友達の居ない姉にさすがの俺もそんなこと口が裂けても言えないしね」

……確かに……と私はどこか納得してしまった。

「あっ、でも守が小学校の時!

そんなお姉ちゃんが可哀想だからって一生懸命汚い字でお姉ちゃん宛に年賀状を送ろうと……」
最後まで耀が言い終えるまでに守は妹の口を塞いだ
「そんな、記憶は無いね!」
弟もまた恥ずかしそうにして頑なにそう言い張った。

「アハハっ」

「仲が良いのはいいことじゃないか!」
父がそう二人を宥めるように笑うと、後ろに隠してあった赤のチェック柄の包装紙に包まれたプレゼントをそっとこちらに取り出した……

「これ、家族みんなから真白へ」

「えっ!ありがとう!」

「開けて良い?」

家族一同、こくこくと頷く。

私は胸を踊らせながら、包み紙をガサガサと開けてみた……

……ワクワク……

そこに入っていたのは、私がずっと前から欲しがっていたデジタルカメラだった。

「うわぁーー!みんな、ありがとう!」

今までの私はずっと、カメラなんて1度も欲しいと思ったことはなかった……
一緒に撮る友達も居なかったし、そもそもあまり外に出たがらなかったからだ。

学生時代の修学旅行の集合写真でさえ1番端っこに少し距離を空けられるようにしてしかめっ面で寂しく写っていた……

そんな、写真というものが大嫌いだったくらいだ……
カメラなんていらないし……
思い出なんか欲しくないし……
自分なんてカタチにして残しても仕方ないし……

そんな風に思っていた……

だけど、ここ数年で……
そんな思い出をカタチに残すこの機械を

私は欲しくてたまらなくなった。

……ねぇ?これからどのくらい
このカメラに笑顔の記憶が刻めるかな……

無題1479

第6話~27歳の私と~

夜になると私は暖かいコタツと1度お別れして
愛美ちゃんが予約してくれているレストランに向かった……

そこで、「馬鹿になるほど幸せだ☆彡」
メンバー6人と落ち合った。
「白ちゃーん!誕生日おめでとう!」
愛美ちゃんが私の元に1番に駆け寄り声をかけてくれると、その後を追うように皆が口を揃えて「おめでとう」と私の周りに集った

「とりあえず、寒いから中に入ろう!」
海くんがそう言うと、6人はゾロゾロと中に
入っていった。

店内は黒と赤がモチーフにされた少し薄暗い部屋で、テーブルの周りだけポーッと灯りが照らしている……
それは、私があまり行ったことのないようなシックな雰囲気のフランス料理店だった。

「私、こんなお洒落なお店初めて来たよ!」
そんな風に辺りを落ち着きなくキョロキョロ見回していた。

カーテンで仕切られた半個室にある6人掛けのテーブルに私を真ん中にして、愛美ちゃん、高ちゃん、向かい側に爽くん、赤西くん
海くんが座る

「なんだか私……
もう、お腹いっぱいになっちゃったかも」

「真白さん
まだ何も食べてないじゃないっすか」

「いや、気持ち的にお腹いっぱい」

「アハハっ」
そんな私の台詞を聞いて周りは笑った。

テーブルの赤ワインを6人は一斉に手にすると

「では……白ちゃんの27歳の誕生日を祝って
カンパーイ!」という愛美ちゃんの声に合わせて皆で「カンパーイ♪」とグラスを付き合わせた

「なんだか、ワイングラスを手に持つと
すごくセレブになったような気がする!」
私がそう言って笑うと

「確かに普段は中々持たないしね」と爽くんが連られるように優しく笑った。

「俺もジョッキの方が持ち慣れてはいる」
海くんはグイッと赤ワインを飲み干した

「俺もそうっすね」

「私は湯呑みのほうが……」
高ちゃんがボソッと呟いた

「高坂さん
普段あんまり飲まないんっすか?」

「どちらかというと……日本茶派で」

「アハハっ
確かにその方が高ちゃんらしいよ」
そんな風に私は笑いながら、いつもより少しリッチなディナーを皆とゆっくり味わった。

しばらくして、6人が食べ終わると……

店の奥から店員さんがロウソクのついたデコレーションケーキを運んできてくれた……
そのケーキにはチョコレートで描かれた可愛い猫と一緒に「白ちゃん誕生日おめでとう!」という文字綴られていた
落ち着いたメロディの誕生日ソングが店内に流れる中、私は涙が零れそうになるのを必死に抑えこみながら「本当にありがとう!」と何度も何度も皆にお礼を述べるとロウソクの灯りをフーッと消した。
たくさんの人の優しい笑顔に囲まれ……
温かい言葉を投げ掛けられ……

そして、素敵なプレゼントまで貰い……

貰いすぎて、何をお返ししたら良いのか
頭がパニックになりそうなほど
私にとって今日は、人生史上最高の

そんな誕生日だった。

皆から私への贈り物、キラキラ光るピンクゴールドの腕時計をさっそくはめて……

27歳になった私は、再び新しい気持ちで
かけがえのない時間を刻んでいく……
無題1479

第7話~初雪~

夏の演奏会での失敗の後、一度はしばらく
「始まりの音」に顔を出さなくなったものの先月くらいから、またぼちぼちと足を運ぶようになっていた……

初めの頃に一度サークルに行かなくなった事もあったが、その時の理由はサークルの人達と上手く馴染めなかったからだ……
その時も、しばらく休んでからもう一度行動してみようと立ち上がったことにより、赤西くんや高ちゃんと仲良くなることができた。

そして、二度目にサークルに行かなくなった理由は演奏会での失敗によりサークルの皆に合わせる顔がなくなったと思ったからだ……

だけど私は、諦めて逃げ出さずに再び立ち向かえている……

それは何故かというと……
爽くんや赤西くん、それに高ちゃんというサークルで知り合った仲間の存在が私の心を支えてくれていたから……

……来年の演奏会こそは成功させよう……

そんな気持ちを心に抱かせてくれる存在が
今の私に導いている……

いつもの古民間の練習部屋には私が知らない間に2台のストーブが設置されていたが、それでもどこからともなく隙間風が入ってきて寒く感じる……
そんな中で長峰さんを中心として、再び来年の演奏会に向けて練習に取り組んでいた。

私が、先月久しぶりにサークルに顔を出した時……

湯川のお爺ちゃんはこんな事を言っていた……

「白ちゃん、人生は長い!だからの
若いうちは沢山失敗をしたら良いんじゃよ」

「そうよ、お爺ちゃんなんてどれだけ失敗を
繰り返してきたことか……その度に私が…」
と湯川のお婆ちゃんが言いかけると

「お婆さん、その話しはもう良いじゃろ」と恥ずかしそうに話を遮った。
それを見ながらピアノの練習をしていた瀬田さんが優しく笑う

「僕だってこの前の演奏会でちょっと間違ったから適当にドラム叩いて誤魔化してたよ」
山下さんが胸を張ってそう言うと

「山ちゃんは、もう少し緊張しろっ」と
長峰さんは新しい曲を印刷してきたプリントで頭をパシッと叩いた

「白ちゃん!すごく楽しい演奏会だったよ
参加してくれてありがとう」と長峰さんは
言いながら、皆に来年の演奏会の課題曲の
プリントを配った

「来年こそはっすね!」

「うん、頑張るよ」

「もう、頑張ってるよね?」
ベースをチューニングしながら高ちゃんは
ボソッと呟いた

「うんうん、
来年も皆で楽しめると良いね!」
爽くんが優しく笑う

……私、今すごく幸せなんだな……

そんな風に痛いほど身に染みた。

辛い日々を乗り込えた先には……きっと
いつの日か小さな幸せを感じられる……

ギターケースを背にお馴染みの風景を見ながら久々に歩く帰り道

ふと、空を見上げると……
始まりを告げるあの花が真っ白に染まって
ひらひらと舞い落ちてきた

……不思議だけど……
……寒くない……

心の中でそんな風に私はそっと呟いた。
無題1479

第8話~コタツとお鍋~

今日は一人暮らしの愛美ちゃんの部屋にいつもの6人でお邪魔して、まるで小屋の中に寄り添うハムスターのように小さなコタツに潜り込みお鍋を囲っていた……

人生で初めて、友達と鍋パというやつだ!
私はそれが嬉しくて家族に必要以上に
「友達と鍋パしてくる!」というフレーズを
馬鹿みたいに連呼していた。

「お鍋~♪お鍋~♪」
私がそんな風に鼻歌を口ずさんでいると、爽くんが真似るように鼻歌を歌った

女子メンバー3人で手分けして切った具材を
入れたお鍋にスーパーで入手したお鍋のスープを入れて、ぐつぐつと煮立てる……

──遡ること、1時間前──
スーパーにお鍋の具材を買いに行った私達は、こんなやり取りをしていた……

店内でお鍋のスープを選んでいる時
海くんが「キムチ鍋が良い」と真っ先に
スーパーにあるキムチ鍋のスープの袋を1度手に取って満面の笑みで私達の方にチラつかせた……
しかし、愛美ちゃんが
「部屋に匂いがつくから嫌」と言って
バッサリと却下した。

その後も赤西くんと爽くんが
「じゃあカレー鍋とか?」と少し変わり種を押してきたり……私と愛美ちゃんがそれなら
「豆乳鍋が良い!」と提案してみたり、再び海くんが「トマト鍋はどう?」と言ってみたりといつまで経っても意見がまとまらなかった……ということで、最終的に高ちゃんに
「どれが良いと思う?」と皆で一斉に質問してみたのだが……

「これからも、また定期的にお鍋になりそうな気がするから……」
「はじめは、定番のお鍋が良いかな」という予想外の返事が返ってきた……
高ちゃんは私が人生初の夏のバーベキューの時にあまりの嬉しさから、皆で集まる度にお肉を網の上で焼いていた……
そんな、過去の教訓を学んでいたらしい……

よくよく考えれば、一番無難な意見だと思い一同は賛同することとなった。

そんなこんなで、今回は定番の

鶏がら醤油スープでお鍋をすることに!

「頂きまーす」皆は一斉にホカホカの
お鍋を突ついた

「熱っ!熱いけど美味しい!」
愛美ちゃんの口元からは白い湯気が上がっている

「やっぱり鍋は定番スープに限る!」
海くんは、キムチ鍋を提案していたことなどすっかり忘れているようだ

「あれ?鶏団子がもう無いね……」
爽くんが鍋の中をお玉を使って一生懸命探していた……

「あっ、俺全部食べたっす」

「えー赤西くん!私もそれ好きなのに!
まだ1個も食べてないし」私がそう言って少し睨むと

「心が小さいっすね、真白さんは!」
と彼が開き直ったこともあり、いつもと同様二人の子供染みた喧嘩が勃発した

「あっ、まだ底に1つあったよ!」と
爽くんはそんな私達二人を見て好きなはずの鶏団子を私のお椀にコロンと入れてくれた

「えっ、いーよ。爽くん食べなよ!」

「僕は他の食べるから!白菜とか豆腐とか」

「じゃあ、俺がもらいますよ」と
赤西くんがニカッと笑って箸を伸ばしてきたので、私はパシッとその手を叩いた

「アハハっ」そんな光景を見ながら
残りの4人は笑った……

案の定、高ちゃんの言ってた通り……
初めての鍋パーティーも人生初めてのバーベキューの時と同様に私はその日から毎週のように「また、鍋パしよう!鍋パしよう♪」と
子供に戻ったみたいに仲間にせがんだ。

そんな私に懲りもせず、いつまでも付き合ってくれる仲間には何百回、何千回感謝の気持ちを伝えても足りないくらいだ……

本当に、本当に

……ありがとう……