体験記│人間不信から立ち直るまで-生きづらい人生を歩む人【第9章】

体験記│第9章 心を食べて、心で生きる

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第9章~人との繋がり~

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第1話~扉の鍵~

第2話~26歳の私~

第3話~新しい友達~

第4話~行動力~


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第1話~扉の鍵~

ある日、ふと思い立ったかのように……
部屋の引き出しの奥深くに眠っていた幼稚園の時に初めてできた友達から貰った鍵の形の
キーホルダーを取り出した………

この鍵の形のキーホルダーをくれた天音ちゃんは中学校に上がるまでに転校して居なくなってしまったけど……

今、思えば……
この日の為に私にこの置き土産を残してくれたのではないかとすら思う。

あれから中学、高校、そして社会人になってからの20代前半も私の心は人からの裏切りや嫌悪感を向けられる日々ですっかり閉ざされたままだった。

孤独で孤独で息をすることさえも
面倒臭く感じる日々……

二度と他人なんて信用しないと頑なに
心を閉じて……
一人、真っ暗な部屋に閉じこもった。

だけど、どれだけ長い時間が経っても
この鍵のキーホルダーは変わらず私の元に
あった。

ずっと離さず、握りしめていた……

それが、今日と言う日に繋がったのだろう……

私は今再び手に取って鍵のキーホルダーを
見つめた……
たかが、小学6年生の女の子がそこまで深く考えてプレゼントするとは思えないことは
分かっている……
だけど、じゃあなぜネコやうさぎの可愛い
キャラなどが何十種類も並んだキーホルダーの中から天音ちゃんがこの差し込む穴の無い
1本の鍵の形のキーホルダー選んだのか……
偶然か?必然か?

でも、もうそんなことはどうだって良い
「カチャッ」と小さな音と共に

私の心の扉は開いたのだから……

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第2話~26歳の私~

この前、出会いの場で偶然一緒のグループになった佐藤愛美と今日はカフェでお茶をする
約束をしていた。

最近オープンしたばかりのパンケーキが美味しくて有名なレンガ造りの可愛いカフェ
そこで二人は待ち合わせる

「ごめ~ん!お待たせ真白ちゃん!」
そう言って、お店の前で待っていた私に
走って駆け寄ってきた

「大丈夫だよ!そんなに待ってないから
そんなやりとりをしながら、二人は店内に入った。

カランコロン
「いらっしゃいませ」
さすが最近オープンしたばかりのお店だけ
あって店内は多くの人で賑わっていた

……待たずに入れただけでも奇跡……
そう、思った。

私達は1つだけ空いていた二人がけのテーブルに案内されると、お洒落なアンティーク風の椅子にゆっくりと腰掛けた……

その時ふと目に留まったのは、テーブルの
隅にひっそりと置かれた黒猫モチーフの砂糖入れ

「え~!!すごく可愛い!この砂糖入れ!」
私は柄にもなくテンションを上げながら
特に用もなくその砂糖入れの蓋をパカッと
開けた

「真白ちゃんネコ好きなんだ!私も実は
ネコ好きだよ~」

「えっ、そうなんだ~!」

「うんうん!ほらこれ見て」
そういうと、愛美は鞄から自分のスマホを
取り出して私に見せた

「待ち受けが家で飼ってるモコちゃん」
お目々くりくりで愛らしい少し耳のペコンと折れ曲がったスコティッシュフォールドの
写真だった

「可愛い~まだ小っさいね」

「うん、最近生まれたばっかで!」

「見てるだけで癒されるね~」

2人が注文した苺ゴロゴロパンケーキと
抹茶のふわふわパンケーキがテーブルに
並んだ……

「愛美ちゃんが頼んだ苺のパンケーキも
美味しそうだね~」

「じゃあ二人でシェアしようか!」

「えっ!」
私はタイムスリップしたような感覚に陥った
だいぶ昔…こんなやり取りをした記憶が
ある……

あれは、中学生になったばかりの時
確か同じようにこんな感じで砂希ちゃんが
私にパフェを食べさせてくれたっけ……

「真白ちゃんどうしたの?」

「あっ!えっ何でもない」
一瞬、昔の光景がフラッシュバックした…
もう10年以上前のことなのに…

私はこの時なぜだか分からないが……

昔と同じ流れにならないように私から率先して提案した。

「じゃあ、私のパンケーキも半分に
するからお皿の上に同時に入れかえよう」

「えっ!フォークとナイフで落とさずに
できるかな?」

「多分、大丈夫!」
一瞬取り皿を頼もうか迷ったが、店員さんは
忙しそうでつかまりそうになかったので
諦めた……

「アハハッ、白ちゃん案外強引だねっ」
そう、言って二人は「せ~のっ」という

かけ声と同時に落としそうになりながら自分のお皿のパンケーキをお互いの皿に半分ずつ移動させた。

「あっ、苺、何個か落下した」
そんな馬鹿なやりとりをしながら
二人は笑った

「ギリギリセーフだったね~愛美ちゃん」

「そんなこと言って、真白ちゃんも抹茶パウダーかなりテーブルに撒き散らかしてるよ」

「大丈夫、大丈夫!シュシュッ」
そう言って私は近くにあったお手拭きで
スッと拭きとって
「証拠隠滅!」と言ってみせた

「アハハっ」

あの時と違うのは、私は昔のように相手に気を遣いすぎなくなったこと……

作り笑いをしなくなったこと……
家族と接するように周りと接することができるようになったこと……

様々な流れを自分で作れるようになったこと
……

今、目の前の人と楽しく喋っている私は……
26歳の光野真白だ。

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第3話~新しい友達~

少しの不安感を消し去るように
私は自分に言い聞かせる

人を信じることを恐れたら駄目だ

人と繋がりたいのなら

過去のトラウマなんて消し去って
今見えている、この人の笑顔を信じよう

それで、もし傷つくようなことになっても
それは、私が判断して決めたことなのだから
何も恐くない

私の見る目が未熟だった、次はきっと
もっと成長した自分に出会えるはず

だからもう、心を閉じるのはやめよう

長い青春時代を一緒に過ごした親友では
ない、職場で一緒に苦悩を乗り越えた仲間
でもない
今出会ったばかりの付き合いの浅い友達
だけど、私は今まで出会った友達の誰よりも心を開いてありのままで接することができている。

付き合いの長さはこれから築いて行けばよい
それよりも、心から通じ合えることが重要だ

私が全てをさらけ出して接することで
相手もまた、様々なプライベートな話や人に知られたくない弱い部分を打ち明けてくれる

それは、私の胸の真ん中から生身の心を差し出して相手の掌に乗せるように……
そしてまた、それだけの信頼を注がれた
相手が自分の胸の真ん中から同じく“それ”を差し出すように……

家族の話や今までの恋愛歴、好きなことや
嫌いなこと、ちょっと恥ずかしい失敗談まで
全てお互いに打ち明けた。ほんの数十分の
会話だったけど……内容はかなり濃くなった

そして、お互いに隠さず自分のことを
打ち明けることで意外な共通点も分かった。
それは、愛美ちゃんも昔いじめにあった過去があるということ……

正直、愛美ちゃんみたいな子でも
そんな経験があるのには驚いたけど…

彼女が優しいのは「人の心の痛み」を知っているからなんだと思ったら物凄く納得できた

弱さを他人に見せることは簡単なことじゃ
ない、もちろん傷つくこともある

だけどお互いの弱い部分、恥ずかしい部分を
見せ合うことで生まれる何かもある
ということ

そうして、私には小学生の時以来に
新しい友達ができた。

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第4話~行動力~

今日は音楽サークル「始まりの音」への
2回目の参加日……

私は、相変わらず周りと上手く馴染めない
ままポツリと周りの話に耳を傾けては
ただ、ひたすら相づちを打っていた。

ベースの高坂さんとは、二人で1度駅まで
帰った仲なのに今日は1度も視線さえ合わせていない……

「じゃあ、もう1度!皆で合わせよう♪」

長峰さんの合図で全員が楽器を構える

私もまた、マイクを握りしめた……

「白ちゃん!緊張しないで」

「リラックスリラックス♪」

「あっ、はい」
相変わらず私の声は小さいままで、ボーカルの赤西くんの迫力あるハスキーボイスにかき消されていた。

「マイクもう少し近づけたらどうっすか?」
そう言って、私の前のマイクスタンドを調整してくれている……
年下の赤西くんに世話を焼かせてしまった

「あっ、ありがとう」

「…………。」
彼は無言のまま、すぐに私から目を逸らせた

赤西くんや、高坂さんの冷たく感じる眼差しを見ていると、どうしても昔の嫌われ者の
自分を思い出し悲観的な感情になってしまう

歌声と楽器の重なる音が不協和音に感じる……

楽しい気分になるアップテンポのメロディの渦の中、私だけ違和感を感じる存在になっていた。

「じゃあ、今日の練習はここまで!
お疲れ様~♪」
長峰さんが最後にそう締めくくると、間髪を入れずに湯川のお爺さんが
「お婆さんや!

今日の夕食もイタリアンじゃ」と言い放った

「はいはい」
湯川夫婦は、また前回と同じやりとりをしている……

帰り道も以前と何も変わらず、高坂さんと2人の沈黙の20分間を回避しようと頭をひねりながらなんとか質問を考えていた。

駅のホームに降りるとまた、前回のように
反対側のホームには高坂さんがスマホ片手に立っていた……

私はまた電車が来るまで、声をかけるべきかどうか、いろいろ一人で考えていたが……
今日も彼女は一切こちらを見ることはなかった……

帰りの電車に乗り込むと安心感と疲労感で
一気に眠気が襲ってくる

なんだか思った通りに全然上手くいかないな……

……疲れた……

そんな私は、とうとう翌月からサークル活動に行かなくなってしまった。

……気力が湧かない……

……思ったように上手く楽しめないし……

疲れちゃった……。

想像していた私のサークルライフはもっと
華やかなものだった……

音楽を通して沢山の仲間に囲まれながら
ワイワイと皆で笑い合ったり、一緒にご飯とかも行くようになってプライベートでも遊ぶようになったり、サークルで出会った男性と恋に落ちたり……

何1つ思ったようにいかない……
目にはジンワリ涙が浮かんできたがそれを
手の甲で隠すようにして部屋の天井を
見上げた。

……それでも、今の私に見える世界は
少し変わった……

……明日が100%同じように来るとは
限らない……

私はふと、思い立ったようにサークルのチャットグループのメンバー一覧から赤西くんを見つけると個別のトーク画面を開いて

「突然連絡してすみません!
サークルで一緒に歌っている光野真白です
赤西くんの歌声を聞いて、どうしたら
あんな風に歌えるようになるのか教えて
もらえないかと思いまして……
良かったら今度食事でもしながら
相談に乗ってもらいたいのですが!
と送信していた。

友達承認されないこと、既読スルー、最悪は迷惑がられてブロックなど様々なリスクがある中での私の悪あがきだった。

……とにかくまず、同じボーカル同士
もう少し仲良くなってサークルの人達の話に入れるように努力しよう……
私は、いろんな意味で勝負に出た!

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第5話~夢~
決死の思いで、赤西くんにメッセージを
送信してから、1日……3日……1週間が経過
しても返信が来ることはなかった……

……やっぱり、引かれちゃったかな……

……どうしよう更に、サークルに行きづらくなってしまった……

今までの私なら、石橋を叩いて叩いて叩き割るくらい慎重に行動してたのに……
あと先考えず行動してしまった自分に、少し後悔していた。

……一度くらい石橋を叩けば良かった……

「100%明日が同じようにあるとは限らない」
という、精神は一か八かの賭けのようなものだ……

成功した時の達成感も大きいが……
失敗したときのダメージもかなり食らう

だけど、今まで生きてきた中で染み込んだ
自分の性格を変えようと思うなら……
そのくらいの覚悟は必要なのかもしれない

そういう意味でも、自分なりの心の防衛策を考えた上で行動できると尚更良いのだろうが……
まだ、この時の私にはそこまで考えられる
余裕なんてものはなかった。

「自分を変えたい」だから行動する
簡単なようで本当に難しいことだと痛感
した。

そんな時に心のダメージの塗り薬となるのが“ポジティブ精神”だ!!

まぁ、今回は失敗したけど次もある……

次はもう少しこの点に気をつけよう!ということが学べたのだから……

人生にとってはプラスになった……

私を仮に木に例えるなら、何も実らないただの木に赤い実が1つ生ったわけだから……
大成功だ!
そう、解釈してみた。

そんなある日……
ふと、スマホの画面をみると……
まさかの赤西くんからの返信が!!!

そこには、
「返事が遅くなって、すみません。
あまり携帯見ないので……」

「ありがとうございます

ぜひぜひ、今度の休みにでも」と
書かれていた!!

私は喜びのあまりに一人でガッツポーズしながら、浮かれ気分で鼻歌を歌った。

……良かったー……

結果として私の思い切った行動はボーカルの赤西くんと「日曜食事に行く約束を手に入れる」という収穫に繫がった……

首の皮一枚の所でチャンスを掴んだ……

なんだか、気持ちを一心してから運気も
上がったような気さえする。

4つも年下の男性との食事ということもあり
着ていく服装に悩みながらも……
結局、いつもの白ブラウスと黒のガウチョ
パンツスタイルで無難に決めた。

途中、鏡の前に立ちながら
……いや、別に相手は異性だけどデートじゃあるまいし、普段着で良いでしょっ……と冷静に戻る

今まで、無かった経験にワクワク感が止まらないのは分かるが……

……真白落ち着け!………
そう、自分に言い聞かせた。

……最近、女友達が出来たからって
すぐに男友達まで簡単に作れるわけない
でしょ……
……焦らずゆっくり、頑張ろう……

だけど、自分の生活が少しずつ
自分の手によって変わりつつある……
そう、思うと嬉しくて、嬉しくて
つい浮かれてしまった。

……日曜、緊張するな……

その日私は……いつの日かを思い出すように

愛美ちゃんと赤西くん、3人で輪を描くように手を繋ぎ、颯爽とした風を感じながら空から地上を見下ろしてクルクル廻る夢を見た……
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第6話~赤西くん~
日曜日、私は20分前に待ち合わせ場所に
決めた駅の改札付近に佇んでいた。

改札口にある時計は11時40分

……ワクワクドキドキ……

私は、少しソワソワするのを落ちつかせながら携帯を確認した……
メッセージのやりとりは赤西くんから最後に
送ってきた「じゃあ、また後で」で
終わっている

改札付近は11時50分に着いた電車から
降りてくる人で溢れかえっていた。

……えーっと赤西くんは……
そう、過ぎゆく男性の顔をじっと見ていると
少し怪しむような顔をされたので私は一度視線を下に逸らせた……

人探しなんて今まであまりしてこなかった
私にとっては、非常に厄介だ。

……なんか、人酔いしてきた……
一旦、片手に持ったスマホ画面を見てるフリをして心の休憩を入れた

その時!すぐ近くの方で
「光野さん!?」
と急に呼びかけられた。

「あっ、赤西くん!!」

「すみません、待たせてしまって」

「いえ、私こそいきなりお誘いして
すみません」

そう言いながら、赤西くんの方を見ると
20代前半の若者らしいお洒落な服装に身を包み、いつもと同じようにクールな態度で
「じゃあ、ご飯いきましょっか」と
スッと駅の階段の方に向かった

私はそれを追いかけるようにして
「何か食べたいものありますか?」
と質問した

「別に……何でもいいっす」

「……………。」

私が困ったような顔をすると

「光野さんは何か食べたいものあります?」
と聞いてくれたので

「私も特に……」
…………と、いつも通り言いかけたが
自分から誘った手前
これは確かコミュ障向けの本に書いてあった相手を困らせる対応だととっさに思い出し

「じゃあ、駅の近くのカフェレストラン
とかどうかな?オムライスが美味しいらしいから」と言った。

「じゃあ、そこ行きましょ」

……前の日にリサーチしておいたお店情報が
役に立った………

そう思ったのもつかの間、いざカフェレストランに入ると待ち時間が1時間と書かれていた

……どうしよう、不慣れなことだったし
予約なんてしてない。私から誘ったのに……

二人は店の入り口にある順番待ちの椅子に
腰掛けた…
赤西くんは無表情で沈黙している

……絶対怒ってるよ、だってせっかくの
お休みの日にわざわざ呼び出されたあげく
お昼も食べずに待たされるなんて……

「赤西くん!本当にごめんね」

私が申し訳なさそうに謝ると

「えっ?何が?」

と低い声で答えた

……最低だ。私……
そう、落ち込むようにしていると

「俺、この店前から来たかったんすよね」
そう、ポツリと答えて話を続けた

「光野さんからいきなり上手く歌えるコツを
教えてほしいっていうメッセージが来て
正直びっくりしたっす」

「えっ、あっ、ごめんね」
彼は私の方を見ずに淡々と喋りだした

「昔からさ、歌が好きだったから……
今のサークルに参加してから定期的に皆の前で歌える場所ができて俺は嬉しかったし
上手いとか、下手だとか他人の評価なんて
気にせずに思いっきり歌えば良いんじゃないっすか?楽しく」

「う……うん」

「俺はただ楽しんで歌ってるだけの奴だし
人に歌い方教えるとかそんなことできない
っすけど、歌が好きで楽しんでたら
自然とたくさん歌いたくなるだろうし……」

「うんうん」

「光野さん、良い声してるんだし……もっと

自信もっても良いんじゃないっすか?」
そう言うと、赤西くんの少しだけつり上がった目が一瞬優しく微笑むように初めて私の方を真っ直ぐ見た

「ありがとう!赤西くん」

「どう致しまして、なんか年下のくせに
偉そうなこと言ってすみません」
そう言うと少し照れたように再び視線を下に逸らした

「そんなことないよ!ほらそれにサークルでは先輩だし」

赤西くんは指で鼻の下を擦ると、話を紛ら
わせるかのように
「後、1組で席座れそうっすね」と言った

たったこれだけの些細なやりとりだったけどこの前よりも赤西くんがどんな人なのか少し風間見えたような気がする……

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第7話~意外な一面~

やっとのことで席にたどり着いた私は
数十種類のオムライスメニューをじっと
眺めながら一人思案していた

……これも美味しそうだけど、ボリュームが
多いと食べ終えるまでに赤西くんを待たせ
ちゃいそうだし…かと言って、こっちの
オムライスはあんまり好みじゃないし……

……う~ん……
私の眉間には気づかぬうちに小さな皺が  できていた。

赤西くんは即、決まったようで
じーっとこちらを眺めているような気もした

……ヤバイ、待たせてしまってる!
早く頼もう……

「じゃあ、私はノーマルの
ふわとろオムライスとアイスティーで!」

結局、少し量が多そうだが、無難なオムライスを選んだ……

「すみませーん」
店内に赤西くんの少し低めなハスキーボイスが響き渡ると、店員さんがやってきた

「ふわとろオムライス2つとドリンクは
アイスティーとメロンクリームソーダで」
と年下の赤西くんがスラスラ頼んでくれた
店員さんはメニューを繰り返すと、スッと
立ち去った

私は、一瞬「あれ?」と何か違和感のような
ものを感じた

……赤西くんって
メロンクリームソーダ飲むんだ……
……イメージ的には
ブラックコーヒーなんだけどな……

数分後、テーブルの上にはオムライスと
ドリンクが並ぶ

「いただきます」
二人は同時にスプーンを握った

赤西くんはオムライスを一口食べた後にメロンクリームソーダを無意識にかき混ぜて飲もうとしてしまったのか、泡が物凄い勢いで吹き出してきた

「わっ、泡がっ!!」
そう言って、ストローで焦りながら炭酸を吸い込んだせいか思いっきりゲホッゲホッと咽せていた。

……いつもクールでどちらかというと付き合いにくいタイプだと思っていた赤西くんが……

……一瞬、可愛く見えた……

……そういえば年下なんだよね
落ちついて見えるから忘れてたけど……

そんな風に思いながら、じっと見ていると

「何っすか?」と
少し照れたように睨んできたので

「えっ、何でもないよ」
と私は笑って誤魔化した

「光野さんって甘いもの嫌いなんすか?」

「別にそんなことないよ!」

「アイスティー
よく砂糖も入れずに飲めるっすね」

「うん、慣れたら結構美味しいよ」

「ふーん」
何か言いたげな顔をしている

「俺もブラックコーヒー飲めるっすけどね」

私は少しアイスティを吹き出しそうになるのを押さえ込みながら

可愛い……とか言ったら怒られそうだなと
一人考えていた。

それから私は赤西くんの歌声について
いろいろ質問してみた……

どうしたらそんなに通る声が出るのか?
サークル練習の他にどんなトレーニングを
しているのか?何歳くらいから歌が上手かったのか?など
そんな質問に赤西くんは嫌がることなく
丁寧に1つずつ答えてくれたが……
最終的には
「楽しんで歌うことが1番だから
細かいことは気にしないで良いっすよ」と
言うと、テーブルの上のメロンクリームソーダを全て飲み干した

時間はあっという間に過ぎていったけど……
赤西くんと音楽サークルの人達が初めて出会った時のことなど、貴重な話もたくさん聞けて有意義な一日になった。

それに、赤西くんとも帰る頃にはだいぶ打ち解けられたような気がする……

赤西くんは会話の中で
「慣れれば普通に喋るけど、初対面では人見知りが激しい」と言っていた……
それが、初対面の時赤西くんが少し冷たく見えた理由だった……

本当は、ちょっと照れ屋で優しい人……

そんな風に知ることができたのは
今日、勇気を振り絞って彼を誘うことができたからだ

人はやっぱり、1対1でしっかり向き合って
みないと分からないものなんだなと
改めて実感した。
無題1479

第8話~再び~

今日から私は、再び音楽サークル
「はじまりの音」に通うようになった。

「久しぶりだね!
白ちゃん、最近忙しかったの?」
そう言いながら、長峰さんが近づいてきたので

「あっ、えっと……はい
最近少し喉の調子が悪くて」と軽く誤魔化した

「そっか、無理しないでね」

「あっ、はいもう完全復帰したので
大丈夫です!!」

「なら、良かった!今日は白ちゃんの

パワフルな歌声期待してるよ♪」

「頑張ります!!」
そう言って私は少し笑いながら
赤西くんと一緒にマイクスタンドのセッティングを行った

「はい、これ」
赤西くんは握りこぶしを作った右手を
私の方に差し出した

「えっ?」

「んっ」

私は分けも分からず手を差し出した

コロン……

そこには苺味の
のど飴がのせられていた

「くれるの?ありがとう!」

「俺も喉、時々痛めるから常備してある」

「そうなんだ!」

……ちょっとだけ罪悪感が……

グシャッ

あれ?

「なっ……空じゃん」

「ふっ」
そう鼻で笑うと

「嘘つきにはあげれないっすよ」
と茶化すように言い放った

そんなやりとりをしていると、気が紛れたのか……
曲の歌い出しから緊急せずにしっかり声を出して歌えるようになっていた。

1曲を通して演奏が終わると……
ピアノの瀬田さんが
「今日は白ちゃん声が良く出てたよ」
と優しく笑いかけてくれた

「あっ、ありがとうございます」

それにつられるように湯川のお爺ちゃんが
「白ちゃんの声は可愛いらしいのぉ~
わしの孫のさっちゃんの声によく似ておる」

「まぁ、お爺さんたらフフフ」
湯川のお婆ちゃんも私の方を見て微笑んだ

前とは違い、周りの楽器の音が良く聞こえるようになった……
周りの人の表情に意識を向けられるように
なった……

………歌っていて楽しい………
初めてそんな風に感じた。

楽しい時間はいつもより進むのが早い
サークルの練習がもう終わっている……

「そういえば、赤西くんはどうやって
ここまで来てるの?」

「あー、俺は車っすよ」

「そうなんだ!」

「光野さんは駅組ですよね?」

「うん、高坂さんと一緒に」

チラッとベースの片付けをしている
高坂さんを見た

「駅まで二人、乗せて行こうか?」

「あっ、大丈夫!ありがとう」

「そう?」

「うん、二人だから」

「なら、良いんっすけど」

………それに、今日こそはもっと高坂さんと
仲良くなりたいし………

そう、言って私は高坂さんと2人
駅に向かって歩き出した

相変わらず、しばらく沈黙が続く……

……今までもいろいろ質問してきたから
もう、質問することが……
そう、焦っている雰囲気が伝わったのか
今日は珍しく高坂さんの方が先に口を開いた

「無理に話しかけなくても良いよ」

……ドクン……

その一言で、いつしかの思い出の中に封印した嫌な感覚が心を襲う

「あっ、えっ……私その」

……頑張って会話を考えたって、やっぱりただうるさく思われてただけだったのかも……

……どうしよう……

ドクンドクンドクン……

高坂さんの歩く速度が速くなったのか、私の歩く速度が遅くなったのかは分からないけど二人の距離は少しずつ離れていく……

そんな、彼女の後ろ姿を目で追う景色の中
ひっそりと咲き誇る公園の紫陽花は……
少し、寂しい色の花に見える……

蛙の歌声と共に雨の匂いがした……
無題1479