体験記│引きこもりからの再起-生きづらさとともに【第8章】

体験記│第8章 心を食べて、心で生きる

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第8章~動き出した時間~

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第1話~光の入り口~

第2話~ハーモニー~

第3話~思い出~

第4話~出会いの場~





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第1話~光の入り口~ 

「あっ、えっと……」

少し声が震えているのが分かった……

優ちゃんと出会ってからだいぶコミュ障が
ましになったような気がしていたが……
大勢の前で喋るのはまた違う、静まる部屋にドクンドクンと大きな心臓の音だけが響く
私は、自信なさげに小さな声で
「あっ、光野です
えっと、楽器はまだ出来ませんが……
これからギターの練習をはじめようと思っています……よろしくお願いします」と少し早口で言ったものだから……
聞こえづらかったのか、周囲は一瞬「ん?」というような顔をした……

サークル主催者の長峰さんが
「光野さんは、今からギターを皆と一緒に
学ぶみたいだから、ひとまず赤西くんと一緒にボーカルとして参加してもらおう」
そう、助け船を出してくれた。

「光野さん下の名前は?」
そう言うと、長峰さんは手をマイクに例えて
私の口元に寄せた

「あっ、真白です」

「そうか!じゃあ、白ちゃんでいこう♪」

「あっ……よく、そのあだ名で呼ばれます」

「うんうん!呼びやすいよねー」

「はい、これ」と、歌詞の入った課題曲のプリント数枚を私に渡してくれた
「よーし、皆っ!!課題曲やるぞ~!」

どれも聞いたことのある有名な邦楽ばかりだ

「俺たちは年に1回、発表の場として近くの

音楽ホールを借りて演奏会をしているんだ!
そこに向けての練習を皆で休日に集まって
取り組んでいるのさ」

「音楽ホールで発表ですか!?」

「まぁ、音楽ホールと言っても地元の小さな音楽会館なんだけどね」

「それでも、なんだか緊張しますね」

「まぁ、慣れれば楽しいよ」

「はぁ……はい。」

「白ちゃん、はい!これ使って」

長峰さんは私に本物のマイクを手渡した

……私、皆の前で歌うの?……

隣には同じようにマイクを持った、年下の赤西くんが堂々と立っている

「赤西くん、よろしくね
私……あんまり上手くないけど……」

「慣れたら大丈夫っすよ、多分」と

私の方に視線を合わせずどこか冷たい口調で答えた

……私、何か嫌われるようなことしたかな?…

そんな、不安を抱きながら
音楽サークル「始まりの音」のメンバーとして初めて人前で歌を披露する

緊張で、頭は真っ白になっていた。

「じゃあ、課題曲1曲目
   音合わせは入りま~す♪」
そんな風に、長峰さんが皆に合図を送った。

「ひとまず今日は、白ちゃんも赤西くんと
一緒に知ってる曲だけでも良いし歌ってね」
ピアノの瀬田さんがそう言ってお母さんの
ように優しく笑った

「はい!」

ドクンドクン……

ジャジャーン~♪~♪~♪~♪~♪~
様々な楽器の音が綺麗に重なって前奏の
メロディが流れはじめた……

その美しい音と共に私の心の中の新しい扉が「バンッ」と大きな音を立てて開いた……

まるで、光の入り口に吸い込まれるように

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第2話~ハーモニー~

私は楽器演奏に合わせて歌うのが初めてだったので、少し曲の出だしが遅れながらも隣のボーカル赤西くんになんとか合わせるように歌った……

とにかく歌詞カードに集中して
間違えないよう気をつけて必死に歌った

赤西くんの声は良く通るハスキーボイスで
私の自信のない小さな声をかき消す

カフォンを叩きながら楽しそうに
「ドスッドスッ」とリズムをとる山本さん

クールにさらっと的確なリズムで演奏する
ベースの高坂さん

イメージぴったりの優しい音色を響かせる
ピアノの瀬田さん

二人で時々、アイコンタクトをとりながら
アコースティックギターを奏でる湯川夫婦

そして、音をしっかり聞きながら
全体の音響のバランスを調整する長峰さんも
物凄く楽しそうにリズムに乗って体を揺らしている。

私はというと緊張のあまり、まるで古民家の柱のように畳みの上に棒立ちになり無表情で歌っていた……

手には汗が滲んでいる

そんなこんなで、初めてサークル「始まりの音」に参加した私の2時間の練習は終わってしまった……

練習後もサークルの皆と馴染めないまま
皆が喋っているのをひっそり聞いていた。

「お婆さん、今日は帰りにイタリアンレストランを予約してあるんじゃけど」

「まぁ、またイタリアンレストランですか
私は近くの定食屋で良いって毎回言ってる
じゃないですか」

湯川のおじいちゃんはハット帽を軽くかぶり直すと

「わしは、今日は洋食の気分じゃ」
と言って、杖をついてスタスタと歩き出した

「はい
、はい」
そう言って、目尻のシワを更に深くして苦笑いすると……皆のほうに向かって

「サークルの練習の日はお爺さん張り切って
お洒落してくるからね……
きっとまだ、雰囲気に浸っていたいのよ」
そう、お婆ちゃんは黙って後ろに着いていった。

「フフフ、湯川のお婆ちゃんも大変ね」
瀬田さんはそう言って、電子ピアノの電源を
切った。

「仲が良くて羨ましい限りですね
僕の今日の夕食はハンバーガーかな!
昼もだけど」

「山ちゃん、そんな食生活だから
痩せないんだよ!」長峰さんが笑いながら
突っ込む

「別に良いじゃないですか~ハンバーガー

美味しいし!」

周りはそんな二人の会話を聞いて楽しそうに
笑っていた。

「じゃあ、俺はこのあと用事があるんで
今日はもう帰るっすね」

「おぉ、赤西くん!また次の練習日に」

そう言って長峰さんは手を振った

部屋には、長峰さんと打楽器の山本さん、
ベースの高坂さんと私だけになった。

「俺と山ちゃん(山本さん)はこのあと
後片付けしてから出るから
高ちゃん(高坂さん)!白ちゃんと駅まで
よろしく♪」
「あっ、はい。光野さんも電車ですか?」
そう言うとベースを背中に背負いながら
私の方を振り向いた

「はい、駅から歩いて来たんですけど…
ちょっと迷ってしまったので帰り道一緒だと助かります」

「了解……じゃあ、行きましょ」

私は、ベースの高坂さんと二人で
駅まで歩いた。

駅まで徒歩20分程度だが……

しばらくシーンとした沈黙が続き、何だか気まづくなったので必死に会話が途切れないように色々質問したりしてみたが……
高坂さんからの返事は私の質問に対して大体一言で終わった……

……どうしよう……会話が……

そんな雰囲気のまま駅まで辿り着いた

「高坂さん、ありがとうございました!」

「あーはい、じゃあホーム逆方向だから
と彼女は事務的な口調で淡々と喋るとすぐに立ち去ってしまった

……私、何か気に触ること言ったかな……
そんな、小さな不安がまた心に灯る

田舎の古びた駅のホームにはほとんど人が
居なくて妙な静けさが漂っている……

反対側のホームにいる高坂さんのちょうど前に私は偶然下りてきたこともあり、何かリアクションをした方が良いかと迷いながら向かい側のホームから視線を送ってみたが……

スマホを眺めている高坂さんがこちらに気づいてか、気づかずか視線を返してくれることはなかった。

もう、ずっと長い間そうだったから……

人から嫌われるのには慣れている……

駅のアナウンスと共に私の方の電車が先に来たので、少しまだ高坂さんのことを気に留めながらも電車に乗り込んだ。

………そう簡単にはいかないよな……

……やっぱり、コミュ障だし………
……ずっと引きこもりだったし……

理想と現実は違うから……
いつも、一人裏切られたような気持ちになる今日の自分の反省点が多すぎて少し落ちこんでしまったけど……
電車の窓から見える綺麗な街の夜景を見ると
少し心が柔らいだ。

だけど、きっと……
何もしないで過ぎていった一日よりは
意義のある一日になったはず……

今日が駄目でも、また次があるよ……
そう、ポツリと自分に言い聞かせる。

いつもの見慣れた駅の風景が目に入ると
肩の荷が下りたようにホッと安心した。

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第3話~思い出~
私の部屋の中は、優ちゃんと別れてから
1年以上経った今もあの日と何も変わっていなかった……

優ちゃんと2人で並ぶ笑顔の写真……

優ちゃんから貰ったぬいぐるみの山……
何もかも、そのままだ……

……無理に消すことはない……
きっと、自然にそう思える日が来るはず……

だけど、年だけは重ねていくから
私もそろそろ行動しなきゃいけない。

そんな、私のことを影から見守っている家族もまた同じような気持ちで心配してくれていた……

友達の紹介などという出会いの場が期待できない私にとっては、もう自力で行動するしか方法はなかった……

次の休み、また街コンでも参加してみよう
かな……

一人で参加するのは勇気がいるけど……
このまま時間だけが流れて……
家族もどんどん年老いて、将来的に私一人
残されて天涯孤独になったりしたら……なんて
考えるだけでも恐ろしい……

……行くしかない……

……大丈夫、きっと大丈夫。……

そんなことを一人モヤモヤと考えていた時
部屋の扉が「トントン」とノックされた

「お姉ちゃん」

「どうしたの?耀」

「ちょっと話しがあって、入って良い?」

「いーよ」

そう言うと、妹が部屋に入ってきて私が座っていたソファの隣にポスンと座った

……珍しい、何だろ?……

「まだ、写真飾ってあるんだね……」と

優ちゃんと私のツーショット写真を見ながら
少し悲しそうな顔をした

「あー、なんとく外すのも面倒だから

そのままにしてあるだけだけどね」と
私は笑った

妹はなんだか、言いたいことがあるようで
少し落ち着きがながった

「耀、どうしたの?」

「お姉ちゃん、私ね……」

「…………。」

「結婚しようと思ってて」

その言葉を放った時の妹の表情は
すごく複雑そうに見えた……

その理由は長年一緒にいた私なら分かる
妹は正義感や責任感が強く、そして優しい
だから、今の状態の私を放って自分が姉より
先に結婚することに後ろめたさを感じてくれたのだろう……

そんな、妹の姿を見て……
昔の私なら姉としてなんて情けなく恥ずかしいとまた自分を責めて一人苦しんだだろう

だけど、今の私はもうそんな風には
思わなかった。

人にはそれぞれペースがある
早く咲く花があれば遅く咲く花もある
大きく艶やかな花があれば小さく可愛いらしい花もある……

それぞれ自分のペースで自分らしく生きること、それが一番大切なんだと

もちろん、だからと言って全く何も思わなかったわけではない……

寂しい気持ちもあるし……
正直、少し焦る気持ちもある。
それでも
「私も妹に負けじと頑張って良い人を
探そう、探しに行こう!!」そう思えた。

今まで、苦しみ抜いた時間は私の心にしっかりとした根を生やしている……

だからこそ、今の私は光を見失わない

「良かったね!本当に良かったね!!」
妹が1年前から付き合っていたことは知っていたから驚きはしなかった……だけど……

「まだ、家族の誰にも言ってないから
秘密でね……お姉ちゃん!」と
言ってくれたことには、少し驚いた。

「私も、耀に負けじと頑張らないとだね~」

「大丈夫だよ、お姉ちゃんなら!何なら誰か紹介しようか?」

「え~いーよ。家族の紹介とか気を遣うもん!自分で見つけるよ!」
そう言うと、妹は少し目を丸くして

「…………。」

「お姉ちゃん、変わったね……」
そう、ポツリと言い放った

「えっ?そうかなー」
私は少し照れ臭くなって話題を逸らしてしまったけど……内心その言葉がすごく嬉しくて

本当にもっと変わっていかなきゃ……と妹に軽く背中を押してもらったような、そんな気持ちになった。
私の部屋は昔と全く変わっていない……
だけど、見慣れた天井から照らす光がいつもより少し明るく、強く輝いて見えたような
そんな気がした……。

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第4話~出会いの場~

今日、私は……

優ちゃんと出会った日以来、約2年越しの出会いの場に一人で乗り込もうとしていた……

お洒落なカフェの前には今から
参加するであろう男女の列ができている……
私はその列に並んで順番を待ち、受け付けを済ますと番号の書かれた席に案内された。

白を基調とした店内のカウンターには逆さまに吊られたワイングラスが飾られている

私は、4人掛けの席でとある一人参加の女性と相席になった……
軽く男女4人の自己紹介が始まり、彼女は私と同い年の26歳、OLの女性で名前は佐藤 愛美(あみ)と名乗った。
その次に私の自己紹介の番がまわってくる……

ドクンドクン……

「ひ……光野真白です。よろしくお願いします同じ26歳で今は製造関係の職場で働いています」そう小さい声で名乗った……さすがにこのタイミングでフリーターというのも恥ずかしくて言えなかったので、後から連絡先を交換できたタイミングで言おうと思った

そんな、私の不安感とは裏腹に前の二人の男性は
「真白ちゃん~よろしくぅー♪」
「二人とも可愛いね~彼氏いないの?」
とちょっと軽めのノリで尋ねてきた

「彼氏いないから来たんじゃん~」

「ねっ、真白ちゃん!」

「う……うんっ」
私は、学
生以来に女性から「真白ちゃん」と呼ばれたことに一瞬ドキッとしたが……

そんな、明るく接してくれる彼女に対して
……一緒のグループになった女性が、良さそうな人で良かった……と安心した。
男女4人のテーブルで1組15分ほど話をして男性が隣の席に移動していくスタイルの街コンで……1時間程度ずっと喋りっぱなしだったこともあり、後半は少し顔に疲労の色が見えはじめていた……
私は、必死に笑顔を作ったが……
やはり、どこかぎこちない。

最後のグループトークまで何とか持ち堪えて
男性全員と話し終えたタイミングで、フリートークという男性から女性にアプローチをかける時間が始まった。

今まで、ずっと引きこもりだった私は急激にたくさんの異性と喋った疲労感からフリーズ状態に陥っている……

「真白ちゃん、大丈夫?」
愛美ちゃんが優しく私に問いかけてくれる

「あっ、うん……ちょっと人と長時間はなすのにまだ慣れないみたいで」

「じゃあ、私も一緒にここに座ってるよ!
今日は特に良いなって人も居なかったし」
そう言うと、私の隣の椅子に腰掛けた。
男性二人組が時々「連絡先教えて~♪」と尋ねてきたので、愛美ちゃんと一緒に居た流れで何人かと連絡先交換ができたが……

………ふぅ、疲れた……
そんなこんなで一日は過ぎ去っていった。

街コンが終わった後のカフェの出入口付近では、何組かの男女が仲良さげに二次会に行く姿が目に映る

……今日はもうキャパオーバーだ……

そん風に一人思いながら、疲れきった体で
ふらふらとカフェの出口に向かう途中、同じく一人でそそくさと帰ろうとする愛美ちゃんの後ろ姿を発見した

……愛美ちゃん、すごく良い子だったな……

異性と出会いに来ているのに、自分でもおかしいと思うが……
もう、これで二度と愛美ちゃんと会えない
そう思ったら……自然と体が動いていた

「愛美ちゃん!あのっ!!」
そう呼び止めながら、振り返った愛美ちゃんの元に私は急いで駆け寄った……

「あの、良かったら愛美ちゃんの連絡先
教えてもらえないかな!」

「えっ!?」っと言うような驚いた表情で
愛美ちゃんは立ち止まっている

……ヤバイ、急すぎたから怪しい子だと
思われたかも……

「あのっ、今日は色々親切にしてくれて
ありがとう!」
「良かったらお互い恋人がいない者同士

また一緒に出会いの場に行ったりとかしたいから、連絡先教えてもらえないかな?」

私はドキドキしながら拳を握りしめたが……

愛美ちゃんは、軽い感じで思っていたよりも呆気なく「いーよ」と言って笑った……

その笑顔を見た時、何故だか少し懐かしいような気持ちになった……

帰宅すると、連絡先を聞かれた男性からは
誰一人としてメッセージがなかったのに

愛美ちゃんからの
「今日は声をかけてくれてありがとう」
「また、一緒にご飯でも行こう!」という 
メッセージが何よりも嬉しく感じた

そんな1日だった……

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