体験記│あがり症克服のための歩み-生きづらさと向きあう【第15章】

体験記│心を食べて、心で生きる

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第15章~ステージに立つ~

 

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第3話~焦り~

第4話~罪悪感~

無題1437

 

 
 
 
 
第1話~演奏会~

 

時は、まだ大きなヒマワリが灼熱の太陽のように咲き誇っている私の失恋前……
8月上旬まで遡る……

この日曜は、音楽サークル「始まりの音」の
日頃の練習の集大成でもある、演奏会本番だった……

私は、朝から落ち着きなくソワソワしながら
覚えた歌詞を忘れないように何度も繰り返し
繰り返し思い出しながら歌っていた……

人生で初めて、大勢の人の前に立つ舞台で
歌を披露する……

今更だが、極度のあがり症だった私がよく
こんな決断を下したな……と
後ずさりしていた。

小さい頃から……コミュ障であがり症……

学生時代なんて授業中に先生に質問をあてられただけで、緊張して声が震えるくらいひどかった……
そんな、私の出席番号が当時20番だったため毎月20日は学校を休みたいくらい憂鬱だったのを今でも覚えている。

人前に出ると、過剰に周りの視線を気にしてしまい怖くなって声が震える……
頭が真っ白になって言いたいことが言葉にできなくなる……

私は、そんな自分が嫌いで仕方なかった……

社会人になってからは、特に人前で話す機会もなかったのであまり気にならなくなっていたが、その症状は引きこもりになったことで更に悪化してしまった。

数年ぶりに外に出た時には、友達と久しぶりに喋る前に緊張から足が震えるまでになってしまっていた……
ここまでくると、周りから見ても病的に思われていただろう……

私はそこから少しずつステップを踏んで
あがり症のリハビリを積んできた……
だけど今回の「ステージに上がって歌う」という行動はその間にあるステップをかなり
飛ばした
いわば、一か八かの行動療法

一度死んで生まれ変わった私なら
なんとなくできるようなそんな気がする……

いや、まぁ失敗しても死ぬわけじないし…
そう、自分に言い聞かせはしたものの

やっぱり、不安だし怖い……というのが
正直な気持ちだ。

その日はお昼ご飯があまり喉を通らないま
ま家を出て、いつもの練習場の古民家の近くにあるその町の文化会館に向かった。 

メンバー全員が入り口付近集まると
「よし!皆、今日は思う存分楽しもう♪」と長峰さんが少し緊張した私達の表情をみて
声をかけた

「そうじゃ、そうじゃ、若い時は二度と
来ないんじゃからな」と
湯川のお爺ちゃんがニカッと笑う

「さすが、湯川のお爺ちゃん!余裕の
表情ですね」

「この歳になったら恥ずかしいとか
緊張とかそんなもん忘れてしまったわ」

そんな、いつもより気合いの入った赤ワイン色のカッターシャツを着たお爺ちゃんの襟を
黙って直してあげている湯川のお婆ちゃんも
ものすごく落ち着いていた。

私達は、それぞれ一度楽屋に手荷物を運びこんでから、小ホールへ機材を運びはじめた。

山下さんは、いつものカフォンではなく
ドラムセットをステージに設置している

「今日はドラムなんですね!」と
備え付けられていたグランドピアノを弾きながら瀬田さんが声をかけた

「古民家じゃ、さすがにドラムをおもっきり叩けませんからね!」と言うと
ドスドスと数歩歩いてから、ステージの上で
しゃがみ込んだ

「ふぅ、お腹空いてきたな」

「おいおい、山ちゃん早すぎるだろ」と
長峰さんがツッコむとメンバー全員ドッと
笑った。

私と赤西くんボーカルの二人を取り囲むように、左端にピアノの瀬田さん右端にギターの湯川夫婦、真後ろにドラムの山ちゃん、その両端にベースの高ちゃんとギターの爽くんが長峰さんの指示の元、スタンバイした。

ドクンドクン……ドクンドクンと私の
鼓動は鳴り止むことなく大きくなり
まだ見ぬ世界の扉を空けるという高揚感と
緊張感が入り混じって……
ただ、呆然とステージの空気に飲まれた。
無題1479

第2話~緊張~
 
ステージの袖から長峰さんが声を発した
「じゃあ、皆さん演奏会前
最後の通し練習をしましょう!」

 

「湯川のお爺ちゃんお婆ちゃん
大丈夫ですか?」

「いつでも大丈夫じゃよ!なぁ?お婆さん」

「ええ、大丈夫ですよ」

「瀬田さんは?」

「いつでも、どうぞ!」

「高ちゃんは?」

「はい。」

「赤西くーん?」

「ばっちりっす」

「白ちゃーん?」

「あっ……はい!多分、いや大丈夫です」

「アハハっ、あんまり緊張しすぎないで~」
赤西くん!白ちゃん初めての舞台だし
フォローしてあげてね」

赤西くんは、チラッと私の方を見てから
フッと鼻で笑った

「ちょっと!何よそれー」

「まぁ、真白さんなんて俺の引き立て役なんだから!そんな気負わなくて大丈夫っすよ」

「ほんっと、いつも腹立たしいこと言うよね!!」

「まぁ、そういうことだから
そんなにギュッと強く両手でマイクを握らなくても」

「わっ……分かってるよ!」

だけど、不思議とそんなやりとりのおかげもあり肩の力が少し抜けた……

「よし!じゃあ皆、準備万端ということで」

「さぁ!!はじめよう♪」

「ちょっ、長峰くん僕を忘れてない?」
ダダダンとドラムを一叩きしながら
山ちゃんがアピールした

「いや、山ちゃんは聞かなくても
どうせ緊張とかしてないでしょっ?」

「僕がいつも、ご飯のことしか考えてないとでも言いたそうだね!」むくれた顔をしながら言った。

「アハハっ」

また、少しその場の空気が和らいだ……

いよいよ、あと数分でお客さんが入室してくる。

私は、この舞台のあとに……

また、新しい自分に出会えるかな?……

無題1479

第3話~焦り~

 

開演時間15分前になり、私達は舞台裏に待機した……
ちらっと表を覗くと、サークルのメンバーの家族や友達などお客さんがざっと30人以上は席に座っている……
その中には、私の家族や友達の愛美ちゃんと
海くんの姿もあった。

……ドクン、ドクン……

想像していた以上の緊張感や不安感が
心を針で突き刺されるかのようにチクチクと襲ってくる

……大丈夫、大丈夫、きっと大丈夫……

「白ちゃん!そろそろステージに出るよ」

私は、そんな長峰さんの声に少しビクッと
しながら
「はいっ!!」と答えた

大きな拍手と共に私たち「始まりの音」の
メンバーはそれぞれの演奏位置につく

私はステージの真ん中に棒立ちになりながら
客席をちらっと見たが、緊張のあまり人の顔を認識できなくなっていたのですぐに
パッと目を逸らしてしまった……

……ヤバイ、自然に足が震えてくる……

そんな時、小学生くらいの男の子の声で
「あの歌のお姉さん足がプルプル震えてるよー」という声が聞こえてきた

私は、急にそんな自分の姿が恥ずかしくなり
萎縮するように体が固まってしまっている

……イメージトレーニングでは大丈夫な
はずだったのに……

やっぱり、幼い頃からの性格はそう容易く変えられるものではないと思うと余計に恐くなった

「真白さん!顔いつもより恐いっすよ
赤西くんはいつものように少しふざけて
私をリラックスさせようとしていてくれたが
今の私にはそんな余裕さえなくなっていた
「あーうん」
私は一言真顔で返事をすると、すぐにマイクの方に視線を逸らした。

……えと、1曲目の出だしは……

そんな風に一人不安な面持ちで考えていると
長峰さんの簡単な挨拶が終わり
「それでは、聞いて下さい」と
私達の演奏が始まった。

伴奏の音が胸の鼓動で掻き消されていく……
頭が真っ白になって、声が震えて……

……あぁ、私は小学生の頃からやっぱり
何も変わってないじゃないか……

そんな風に思い知らされた瞬間だった

1曲目から歌詞が飛んでしまった私は
ただ、時間が止まったかのように微動だに
動けなくなった……

観客席からはヒソヒソと小さな笑い声さえ
聞こえてくる……

赤西くんが必死にアイコンタクトを送ってくれていたのに、私はそれすら見ることなく
固まっていた。

……可笑しいな……声が出ない……

やっと、必死になりながら声を出したが
今度は歌詞が飛んだままのあやふやな歌を
小さな声で歌い続けた

後半は、少しだけ持ち直したものの、終止自信なさげに強張った顔で歌っていた……

最後の曲まで、なんとか歌い終えたが……
私は、本当に申し訳ない気持ちと恥ずかしい気持ちでステージから去った後も皆の顔が
見れなかった……

無題1479

第4話~罪悪感~

 

舞台裏に下がると、すぐに私は
「本当にごめんなさい」
と頭を下げた

「大丈夫だよ!初めてなんだから仕方ないよ」

長峰さんがそう言うと

「いやーまぁ、最後まで無事終わって良かったよ」と山下さんもにこやかに微笑んだ

「白ちゃんにそんな暗い顔は似合わんよ!
それに、わしは死んでも良いくらい楽しかった」湯川のお爺ちゃんがそう言うと
「貴方がそんなこと言うと冗談に聞こえませんよ」とお婆ちゃんも優しく微笑んだ

「私も、楽しかったわよ!皆で演奏できて」
瀬田さんはそう言うとピアノの楽譜を鞄に
仕舞った

「まぁ、また来年もあるんだし!」
爽くんが私の肩をポンっと優しく叩いた

「そうですよ」
高ちゃんもボソッと呟いた

だけど、赤西くんは珍しく私に話しかけて
こなかった……

……きっと、呆れられてしまったんだ……

私は、涙がこぼれ落ちそうなのをぎゅっと
抑えこんで始まりの音に参加してからの
初めての大舞台から立ち去った

ただ、演奏会の後に待っていたのは
未来に繫がる新しい扉ではなく……
扉の前にしゃがみ込みながら涙する自分と
罪悪感と後悔の念だけだった。

帰り際に赤西くんが一人歩いていたので
私は、もう一度謝ろうとして駆け寄った

「赤西くんっ!」

「ん?」

「本当に今日はごめんなさい」

「あー別に真白さんに対しては何も思ってないっすよ」

「でもっ……」

「俺がフォローするって言ってたのに
何もできなかった自分が情けなくて悔しいだけっす」

「……………。」

私は何も言えなくなった……
ただ、家に帰っても愛美ちゃんや海くん達に会っても同じような表情で励まされる度に
私は、辛く苦しく恥ずかしくなって
しばらく、家から出ることを止めてしまった

……駄目だな、私……

そう思いながら自分の部屋の天井を見ながら
しばらく自分を責めていたが……

しばらくして、現実を逃避するかのように
サークル練習には通わなくなり歌うことも
止めた。

ただ、記念に残った演奏会で歌った曲の
歌詞カードだけは何故が捨てられず
引き出しの奥に大事に仕舞った。

この頃、颯斗くんと付き合いはじめたこともあり、私は何かを埋めるように
恋愛にのめり込んでいった……

部屋の隅の黒いギターケースにも
少し誇りが被りはじめていた。

無題1410

第5話~時間と思い出~

「新しい自分に変わりたい!」と意気込み
無謀にも演奏会のステージ上で歌うことに挑戦したのは良いものの……
結局、緊張して上手く歌えずに周りに迷惑をかけてしまった……
そんな、自責の念から一度はあがり症の自分と向き合うことに目を背けてしまったものの……
失恋という辛い経験を乗り越え……今再び、爽くんとギター練習に取り組む中で前向きに自分を見つめ直している……

私の挑戦はこれで終わったわけじゃない……

失敗して、周りに迷惑をかけてしまって申し訳ないと思うなら……
来年の夏の演奏会は今よりは良くなるように自分のできる範囲で一生懸命取り組むだけだ!

そんな風に思えるのは、今の私には数十年間孤独と戦い続けた時間に学べたこと……
繊細な心に根を生やした部分があったからだと思う。

あがり症なのに「ステージで歌う」という思い切った行動が失敗に終わってしまった……
そんな出来事を後悔して昔の私なら悪い方にズルズルと引きずって自分の殻に閉じこもってしまっていただろう……
なのに、そうならなかった……

それは何故かというと、今の私には思い切った行動を起こしたことによりできた仲間が居たからだ。 

そもそも、人間関係を築くのが苦手な私が勢いで「始まりの音」というサークルの扉を開けていなければこんな風に仲間と出会うことすらできていなかったはず……

だから、行動できることは悪いことではない
辛い思いをすることもあるが、こんなに素敵なものを手にすることができるという証明をそんな仲間の存在が示している……

小さな成功経験は、自信というカタチになって私の心を前向きにしてくれている

行動する=得られるにはならないけれども
行動する=学びには繫がる
どんなに、すごいことを成し遂げた人が
そんな言葉で表すよりも自分が身をもって経験して初めて感じられた気持ちの方がやっぱり強く心に響く

学びは自分の人生を幸せに導いてくれる栄養素となり、今も私を支え続けてくれている。

夏の苦い思い出を作りながらも……
私の中の時間はしっかりと動いていた……

何もしない時間はゼロだけど

何か行動をしていたのなら、少なくとも

プラス1くらいにはなっているのだから……

無題1479

第6話~馬鹿になるほど幸せだ~

はらはらと舞い散る赤や黄色の落ち葉の絨毯の上で、今日は新メンバーの愛美ちゃんと海くんの二人を追加したチャットグループ
「馬鹿になるほど幸せだ☆(6)」メンバーで
公園に持ち寄ったお弁当やお菓子を片手にピクニックをしていた。

なぜ、いきなりピクニックをすることになったのかと言うと……

それは1週間前のチャットグループのやりとりに遡る……

馬鹿になるほど幸せだ☆(6)

─新しく愛美ちゃんが友達になりました─

─新しく海くんが友達になりました─

《愛美》白ちゃん
グループのお誘いありがとう(^人^)

《海くん》皆よろしく~♪バーベキュー
以来だね(^^)vまた何かイベントしましょ~

《私》良いね~(●^o^●)

《赤西くん》最近は時間ができたので
いつでも大丈夫っすよ

《高ちゃん》同じく。

《爽》じゃあ、今なら紅葉とか見頃じゃないかな?

《海くん》良いね~(^^)vじゃあ紅葉見ながら
ピクニックでもしますか♪

《愛美ちゃん》賛成~(´V`)♪

《赤西くん》場所はどうするんっすか?

《海くん》響山公園とかは?あそこ結構地元じゃ有名な紅葉スポットだし! 

《私》うんうん!良いね(〃'▽'〃)
私ギター持っていこうかな!

《爽くん》おっ!良いね!僕も持っていくよ

《赤西くん》どこでも、ラクに弾けるのが
アコギの良いとこっすね!

《愛美ちゃん》久しぶりに皆に会えるの
楽しみ~(´V`)♪

《海くん》じゃっ!いろいろ計画していきましょっ♪

────────ということで、今日に至る

緑のシートの上には、私の手作りクッキーやパウンドケーキ愛美ちゃんの手作りサンドイッチ、高ちゃんの小さな重箱に入った手巻き寿司が並び
男性メンバーが買ってきてくれた飲み物や
コンビニのから揚げやポテトフライで更に
私達の食卓は潤った。

「やっぱり女の子が居ると良いねー」
そう、言いながら海くんがサンドイッチを
食べようとすると……

愛美ちゃんがバシッと手を叩いた
「まだ食べちゃだめっ!」

「すみませんっ」

「アハハっ、愛美さん恐いっすよ」

「頂きますも言ってないのに~
ねっ、白ちゃん」

「そうだよー海くんが悪い!
ねっ、高ちゃん」

「行儀、良くないですよ」
ビシッと真顔で答える高ちゃんの一言が何気に一番鋭く刺さる

「高ちゃんに言われたなら仕方ないよな」

「なんで、高ちゃんなら仕方ないのよー」
愛美ちゃんはまた海くんをギロッと睨む

「アハハっ、これだけ美味しそうな物が並べば海くんじゃなくても誘惑に負けるよ」
そう言いながら、爽くんは皆の紙コップに
オレンジジュースを注いでまわった

少し間を空けてから皆でアイコンタクトを
とると、声を揃えて
「それじゃあ!!カンパーイ♪」と
6つの紙コップをコツンと重なり合わせた。

清々しい風がスッと吹き抜けて落ち葉が
踊るように舞っている……

私達の頭上の遥か彼方には、雲一つなく澄みきった蒼い、蒼い空が広がっていた。


第7話~公園で弾き語り~

一通り、皆で持ち寄ったものを食べ終えると
私は黒いギターケースのチャックをジーっと
開けた

「おっ、これから生演奏が聞けるのかっ」
海くんが嬉しそうに手を叩いた

「まだまだ、上手くないけどねー
たまには、こんな青い空の下で練習するのも良いかなーって」
私は少し照れくさそうにしながらチューニングをはじめた

「爽くんはギターも歌も本当に上手いよ!」
そう言って、私は隣でチューニングをしている爽くんをチラッと見た

「いや、僕もまだまだだよ!」
そんな風に言いながら「ジャラーン」と
弦を弾いて音を出した

その音に連られてか、公園にピクニックに来ていた子供達が興味津々でこちらをチラチラと見ている

そんなことに物怖じする様子もなく、爽くんは堂々とした声で歌いはじめた……

……歌が上手い下手は置いといて……
……これが、きっと爽くんと私の一番の違いだろうな……

私は周りの人の視線を感じると無意識についいつも悪い風に悪い風に考えてしまう……
それで余計に緊張して不安になって、きっとそれが聞き手にも伝わってしまうのだろう……

爽くんはいつも楽しそうに堂々として演奏している……爽くんだけじゃない……
赤西くんも高ちゃんも皆そうだ。 

爽くんは、2曲目に演奏会の時の曲を弾き始めると「一緒に入ってきて」というような眼差しで私を見つめた

私は爽くんのメロディを追いかけるようにして、覚束ない手の動きでギターを演奏しながら歌った……

「見てー!お母さん歌ってる人がいるよー」
という子供の声が聞こえてきて
一瞬ドキッとしたが、爽くんの優しい微笑みのおかげか私もだんだん周りに気をとられなくなり……
気がつけば心の底から楽しく歌えていた……

ステージほど一斉に注目される環境じゃないということもあるが
それでも、チラホラと人が居るそんな場所で
私は歌っている……

そんなメロディに合わせるように、残り4人はユラユラと少し体を揺らしながら楽しそうに食事をしているのが見える……
爽くんの綺麗なギターの音が聞こえる……
そんな周りを見る余裕が生まれてきて、私は再び歌うことに喜びを感じられるようになっていた。 


第8話~写真~

私と爽くんの弾き語りが終わると……
6人は軽く運動にバドミントンをしてから
シートの上で川の字になって寝転がった。 

一番左端に赤西くん、次に海くん、爽くん、
その横に私、愛美ちゃん、高ちゃんが艶やかな紅葉を下から見上げるような体勢で
ただ、ボーッと清々しい風を浴びながら昼寝をした。

……たまにはこういう空間も良いな……

……というか、人って親しくなれば親しくなるほど特別会話をしなくても一緒に居られるんだな……

……好きだな、こんな時間……

海くんと赤西くんは帽子を顔に被せたまま
本気で微動だに動かなくなり眠ってしまったようだ……

……確かに本当に眠くなるくらい、空気も光も
全てが穏やかだな……

私はちらっと右隣の愛美ちゃんを見た……
愛美ちゃんもまた、そんな私の視線に気づき
周りに気を遣いながら小さな声で
「こんな時間がずっと続けば良いね」と
言いながらニコッと笑った

「うん」

「白ちゃん、お休みー」

「お休み」

「まだ、昼間だけどね」

「アハハっ」

私は不意に左隣の爽くんもチラッと確認してみた……
彼は、真っ直ぐ上を向いた綺麗な体勢で目を呟っている…… 

「爽くん、ありがとう」
私は、誰にも聞こえないほど小さな声で
そっと囁いた

「うん」

……ビクッ……

咄嗟に、寝ていると思っていた彼から小さな返事が返ってきたので私は少し焦ったものの
再び、ゆっくりと爽くんの方に視線を戻した。

……爽くんを見ていると安心する……
それは、初めて出会った時にも感じた。

白くて柔らかくて優しい雰囲気が取り巻くように私の心を少しずつ覆っていく……

思い返せば、こんな気持ちを抱いた日から
彼のことを特別意識しはじめていたのかもしれない……

空は紙コップの中のオレンジジュースと
同じ色に染まっていた

私達は、むくっと起きあがると
お互いの顔を見つめながら笑った

私の頭の中には愛美ちゃんが何気なく
言った「こんな時間がずっと続けば良いね」
という言葉が糸を引くように残っていた。

恋愛は今までの経験上
泡みたいに消え去っていく……

激しく燃え上がって、自分が見えなくなっていって……最後に思い出を残すだけ……

だけど、友情は違う……
ずっと、ずっと繫がり続けることができる

私は、無意識に自分の想いに気づかないふり
をしたのだろう……

「ねぇ、写真とろうよ」
私がそう言うと
高ちゃんが「私が撮るよ」と珍しく率先して声を掛けてくれた。

だけど、私は皆で1枚の写真の中に思い出として残したかったので
「セルフタイマーにしたらどうかな?」と
提案してみた……
彼女は写真に写ると顔が強張る癖があるようで頑なに拒否していたが
「どうせ撮るなら全員で撮らなきゃね」と
言って、愛美ちゃんと海くんがそんな彼女を無理やり引っ張っていった。 

男性メンバーが後ろ、女性メンバーが前に並び紅葉をバッグに6人が同じ方向を見て微笑えむと白い光と共に「カシャッ」という
シャッター音が響いた。

この瞬間の煌めきが……

いつまでも、そのままのカタチで
1枚の写真の中に封印されたように……

無題1479